役員報酬「いくらが正解?」法人税・所得税・社会保険でわかる手取り設計

はじめに 役員報酬を「なんとなく」決めていませんか
毎年の決算が近づくと、多くのオーナー社長が同じ問いの前で手を止めます。「来期の自分の役員報酬を、いくらにすればいいのか」。去年と同じ金額にしておくか、少し上げるか、それとも会社にお金を残すために下げるか。判断の基準がないまま、最後は感覚で決めている――そんな声を、これまで多くの社長から伺ってきました。
役員報酬は、ただの「自分の給料」ではありません。決め方ひとつで、会社が払う法人税、社長個人が払う所得税・住民税、そして見落とされがちな社会保険料までが連動して動きます。つまり役員報酬を決めるという行為は、会社と社長個人を合わせた「世帯全体の手残り」を設計する作業なのです、と言いたいところですが、ここで大事なのは金額そのものより考え方です。
今回は、最適額をどう探せばよいのかを、具体的な数字とともに整理していきます。
役員報酬で「何が」変わるのか
まず押さえたいのは、お金の置き場所です。会社が稼いだ利益は、役員報酬として社長に渡せば「個人のお金」になり、渡さず会社に残せば「法人のお金」になります。どちらに置くかで、かかる税金の種類と税率がまったく違ってきます。
役員報酬を支払えば、その分だけ会社の利益が減り、法人税は軽くなります。ただし役員報酬が会社の経費(損金)として認められるには条件があります。原則として、毎月同じ金額を支給する「定期同額給与」であることが必要です(根拠:法人税法第34条第1項第1号)。期の途中で自由に増減させた部分は経費にできないため、報酬額は期首にしっかり決めておく前提になります。
一方、受け取った社長個人には所得税と住民税、さらに社会保険料がかかります。会社で軽くなった税金以上に、個人側の負担が増えてしまえば、世帯全体では手残りが減ることもあります。この綱引きの全体像を見ることが、最適額を考える出発点になります。
3つの負担の仕組みを整理する
1つ目 法人税 中小企業には軽減税率がある
会社に残した利益には法人税がかかります。中小法人(資本金1億円以下など)の場合、所得のうち年800万円以下の部分は本来19%の軽減税率が適用され(根拠:法人税法第66条第2項)、さらに租税特別措置法によって15%まで引き下げられています(根拠:租税特別措置法第42条の3の2)。年800万円を超える部分は23.2%です(根拠:法人税法第66条第1項)。
なお、この15%への引き下げは「令和9年(2027年)3月31日までに開始する事業年度」までの時限措置です。延長や見直しが行われる可能性があるため、適用年度はその都度確認してください。
2つ目 所得税・住民税 もらうほど税率が上がる
個人の所得税は、課税所得が増えるほど税率が上がる超過累進です(根拠:所得税法第89条)。一方で、給与には「給与所得控除」という概算経費が認められ、収入金額に応じて差し引かれます(根拠:所得税法第28条第3項)。令和7年度の改正で控除の最低額は65万円に見直されています。住民税はおおむね一律10%と考えておけば、大きな見積もり違いは起きません。
3つ目 社会保険料 報酬に比例して増える「隠れた負担」
意外と見落とされるのが社会保険料です。役員報酬は社会保険料の計算基礎になるため、報酬を上げれば健康保険料も厚生年金保険料も増えます。しかも、会社負担分と本人負担分のおよそ半分ずつを合わせると、報酬の約3割という大きさになります。
協会けんぽ東京支部の令和8年度料率は、健康保険9.85%(介護保険該当者はプラス1.62%)、厚生年金は18.3%です。いずれも会社と本人で折半します。会社負担分も本人負担分も、もとは同じ会社が生んだ利益から出ていく点が重要です。
最適額の考え方 数字で見る「上げれば得」とは限らない構造
では、報酬を上げれば手残りは増えるのでしょうか。役員報酬を払う前の利益を1,200万円と仮定し、報酬額だけを変えて「会社の手残り+社長個人の手残り」の合計を概算してみます。
| 役員報酬 | 社会保険料 (労使合計) | 会社の手残り | 個人の手残り | 合計の手残り |
|---|---|---|---|---|
| 360万円 | 約107万円 | 約589万円 | 約286万円 | 約876万円 |
| 480万円 | 約142万円 | 約486万円 | 約376万円 | 約862万円 |
| 600万円 | 約178万円 | 約383万円 | 約462万円 | 約845万円 |
| 720万円 | 約214万円 | 約279万円 | 約543万円 | 約823万円 |
(概算モデルです。法人実効税率は地方税込みでおよそ25%、住民税10%、社会保険料は約3割として試算しました。基礎控除や各種控除は代表値で簡略化しているため、実際の数字は会社ごとに変わります。)
この試算でわかるのは、報酬を上げるほど個人の手残りは増える一方で、社会保険料と所得税の負担も膨らみ、会社と世帯を合わせた合計の手残りはむしろ目減りしていくという構造です。報酬を高くするほど得、という単純な話ではないことが見えてきます。
ただし、だからといって報酬を限界まで下げればよいわけでもありません。報酬が低すぎれば社長個人の生活資金や将来の年金額に響きますし、会社に過大なキャッシュが滞留したままでは活かしきれません。最適額とは、「個人として必要な生活資金」と「会社に低い税率のまま残して使えるお金」のちょうどよい配分点だと考えてください。
手残りを最大化する3つの実務ポイント
1つ目は、決めた金額を期中で動かさないことです。前述のとおり、経費として認められるのは定期同額給与が原則です(根拠:法人税法第34条第1項第1号)。期首にシミュレーションして決めた額を、1年間きちんと守ることが手残り確保の土台になります。
2つ目は、社会保険料を必ず計算に織り込むことです。所得税・住民税だけで損得を考えると、報酬を上げる判断に傾きがちです。しかし報酬に約3割でついてくる社会保険料まで含めて初めて、本当の最適点が見えてきます。あなたの会社では、社会保険料まで含めた試算ができているでしょうか。
3つ目が、当事務所がもっとも大切にしている視点です。法人に低い税率のまま残したキャッシュを、ただ眠らせるのではなく、リピート売上の仕組みや人材の定着に再投資することです。たとえば既存顧客との接点を維持する仕組みづくりや、スタッフへの還元です。スタッフが定着すればサービス品質が安定し、顧客のリピートが生まれ、その安定した利益がさらに次の手残りを生みます。
報酬を個人に移して高い税率で削られるより、会社に残して好循環の燃料にするほうが、長い目で見た資産形成につながります。
まとめ 報酬額は「税金と社会保険と経営」をまとめて動かす一手
役員報酬の最適額は、法人税・所得税・住民税・社会保険料という4つの負担を合算し、そのうえで会社に残すお金の使い道まで含めて決める、経営判断そのものです。世間の相場や去年の金額をなぞるのではなく、自社の利益水準と社長個人に必要な生活資金、そして再投資の計画から逆算して設計してください。
とはいえ、4つの負担を同時に試算するのは手間がかかります。
当事務所では、御社の利益計画にもとづいて「会社と社長個人を合わせた手残りが最大になる報酬額」を具体的な数字でご提案しています。来期の報酬を決める前に、一度ご相談ください。数字で見える化するだけで、毎年の「なんとなく」から卒業できます。


