1,000万円の欠損金には300万円の価値|役員退職金で消える節税の権利とは

はじめに|大きな赤字なら税金は心配ないという思い込みが危ない
長年会社を率いてきた社長が、後継者不在などを理由に引退や廃業を決める。最後にご自身への役員退職金を支給したところ、数千万円規模の大きな赤字、つまり欠損金が出た。こんなとき多くの社長は「これだけ赤字が出るのだから、もう法人税の心配はいらない。むしろ過去に払った税金が戻ってくるはずだ」と考えます。
そのお気持ちは、とてもよく分かります。長年がんばって積み上げた会社の最後の決算ですから、少しでも報われてほしいと願うのは当然でしょう。しかし、ここに大きな落とし穴があります。退職金で生まれた欠損金は、出し方とタイミングを設計しないと、その大部分が一度も使われないまま消えてしまうことがあります。そして消えるものは、単なる帳簿上の赤字の数字ではありません。後ほど詳しくお伝えしますが、欠損金の切り捨ては、数百万円分の節税の権利という見えない財産の消滅を意味します。御社でも、最後は退職金で赤字を出せば税金は何とかなる、とお考えではありませんか?
この記事では、欠損金を活かす2つの基本ルートである繰戻し還付と繰越控除の仕組みに加えて、そもそも使い切れない欠損金を作らないための法人保険という選択肢まで、まとめてお伝えします。
欠損金を活かす2つのルートとその仕組み
そもそも欠損金とは、税務上の赤字のことです。法人税は黒字(所得)に対して課されますから、赤字そのものは過去や将来の黒字と相殺して初めて価値が生まれます。言い換えると、欠損金とは黒字と相殺して税金を減らせる節税の権利であり、それ自体が金銭的な価値を持つ資産といえます。法人税等の実効税率を仮に30%とすると、1,000万円の欠損金には黒字1,000万円分の税金、つまり約300万円を減らす力があります。1,000万円の欠損金は300万円の価値がある資産。まずこの感覚を持っていただくことが出発点です。そして、その権利を行使する方法が大きく2つあります。
ルート1:欠損金の繰戻し還付(過去の黒字に戻す)
1つ目は、当期に出た欠損金を前期の黒字にぶつけて、前期に納めた法人税の還付を受ける方法です(法人税法第80条第1項)。いわば、払いすぎになった過去の税金を取り戻すイメージといえます。
ただし制約があります。戻せるのは原則として直前の1期だけで、還付額は前期に実際に納めた法人税額が上限になります。たとえば前期の所得が500万円、納めた法人税が約75万円だったとしましょう。当期に2,000万円の欠損金が出ても、戻ってくるのは約75万円が限度です。欠損金の大きさがそのまま還付額になるわけではないという点が、最初のつまずきどころになります。
ルート2:欠損金の繰越控除(将来の黒字に送る)
2つ目は、当期に使い切れなかった欠損金を、将来の黒字から差し引いていく方法です(法人税法第57条第1項)。欠損金は10年間繰り越せますので、今後10年の間に黒字が出れば、その黒字と相殺して法人税を減らせます。
2つを合わせると、前の1期、当期、そして向こう10年という幅で、退職金が生んだ赤字を黒字とぶつけられる計算です。理屈の上ではとても強力な仕組みでしょう。問題は、まさにこれから会社をたたもうとしている社長が、このぶつけるための黒字を確保しにくいという現実にあります。
3つのケースで比較|同じ2,000万円の欠損金でも戻る税金はこれだけ違う
ケースA:前期がほぼトントンだった場合
退職金の支給で当期に2,000万円の欠損金が出たとします。ところが前期の黒字が小さく、納めた法人税が30万円ほどしかなければ、繰戻し還付で戻るのはおよそ30万円どまりです。残りの大部分は、将来の黒字に望みを託すしかありません。
ケースB:廃業で将来の黒字が描けない場合
残った欠損金を10年の繰越枠に乗せても、翌期以降に会社をたたんで黒字が出なければ、ぶつける相手がいません。繰り越した欠損金を使い切れずに、最終的に大半の欠損金が消えてしまいます。欠損金が切り捨てられるということは、節税の権利が消滅することと同じです。実効税率30%と仮定すれば、2,000万円の欠損金が丸ごと消えた場合、600万円分の価値がある権利を行使しないまま手放した計算になります。現金600万円が消えれば誰でも青ざめるのに、欠損金の消滅は決算書の上では何も起きていないように見えるため、痛みに気づかないまま見過ごされてしまいます。
ケースC:黒字の年度に合わせて設計できた場合
同じ2,000万円でも、出すタイミングを設計できると景色が一変します。最後の年に事業用資産の売却などで800万円の黒字が見込めるなら、その年に退職金を支給することで、まず当期の黒字800万円を退職金が直接打ち消し、当期の法人税をゼロに近づけられます。さらに残る1,200万円分も、前期にしっかり黒字を出して法人税を納めていれば、繰戻し還付で取り戻せます。当期と前期の二段構えで欠損金を受け止められるため、ケースAと比べて手元に残るお金は桁が変わってきます。退職金はいくら出すかと同じくらい、いつ出すかが手残りを左右します。
第3の選択肢|法人保険で欠損金を作らないという発想
ここまでは、出てしまった欠損金をどう活かすかという話でした。では視点を変えて、そもそも使い切れない欠損金を最初から作らない、という道はないのでしょうか?
その代表的な手段が、在職中から計画的に法人保険(経営者向けの定期保険など)へ加入しておく方法です。法人保険による節税の本質は、経費を増やすことではありません。保険料というかたちで、将来の退職金を前倒し・分割で経費に落としていくことにあります。毎期の保険料が損金となって在職中の黒字を少しずつ削り、退職の年には解約返戻金を退職金の原資に充てる。返戻金という収入(益金)と退職金という経費(損金)が同じ年度で相殺されるため、退職年度に数千万円の欠損金が一度に生まれ、使い切れないまま消えるという事態を避けられます。いわば、最後の年に一括計上するはずだった経費を、黒字が出ている元気な年度に分割して先払いしておく仕組みです。
ただし、この仕組みには明確な対価があります。1つ目は解約返戻金の目減りです。解約返戻率は通常100%を下回り、支払った保険料の全額は戻りません。2つ目は長期間の資金拘束です。返戻率がピークを迎えるまで10年、20年と保険料を払い続け、その間、保険会社に積み立てられた資金は自由に使えなくなります。資金繰りが苦しくなって途中で解約すれば、返戻率の低い時期に元本割れで現金化することになりかねません。
さらに令和元年の通達改正により、最高解約返戻率が50%を超える定期保険等は、保険料の一部の資産計上が求められるようになりました(法人税基本通達9-3-5の2)。返戻率の高い保険ほど損金にできる割合は小さくなり、かつての全額損金で貯蓄性も高いという商品はすでに成り立ちません。法人保険は欠損金の発生を平準化する道具にはなりますが、目減りと資金拘束という代償を払う取引であること。この本質を理解したうえで、退職時期と返戻率のピークを一致させる設計が不可欠です。
注意点|設計を誤らないために
1つ目に、繰戻し還付は前の1期にしか戻せず、上限は前期に納めた法人税額です。御社の前期の決算書には、いくらの法人税額が記載されているでしょうか? 直前期が薄利や赤字なら、この制度はほとんど機能しません。
2つ目に、繰越控除は将来の黒字があることが大前提です。これから廃業へ向かう会社ほど、その黒字を描きにくい事情があります。
3つ目に、役員退職金のうち不相当に高額な部分は損金に算入できません(法人税法第34条第2項)。功績倍率法などによる適正額の検討が、すべての出発点になります。
そして4つ目に、法人保険は出口とセットで考えなければ意味がありません。解約のタイミングが退職とずれると、返戻金の益金だけが先に立って課税され、本末転倒の結果を招きます。
まとめ|退職金は、いくらよりも、いつと、どう備えるか
大きな赤字は大きな節税になるという考えは、半分は正しく、半分は危険です。退職金が生む欠損金には繰戻し還付と繰越控除という2つの受け皿がありますが、前期の業績と将来の利益という現実の制約から、使い切れずに消えることは珍しくありません。繰り返しになりますが、欠損金の切り捨ては節税の権利の消滅と同じであり、1,000万円の欠損金なら税率30%の仮定で約300万円もの価値が失われます。だからこそ、黒字の出る年度から逆算した支給時期の設計と、在職中から保険料で経費を分割先払いしておく法人保険の活用が、検討に値する選択肢になります。最後の決算でいくら手元に残せるかは、引退後の社長の選択肢の幅そのものを決めます。退職の数年前、できれば10年前から、出口の設計を始めてみてください。


