税務調査で狙われる前に。ひとり社長の経費判断を守るシンプルなセルフチェック法

はじめに
この支払いは経費で落としていいのだろうか。領収書を手にしたまま、そんな迷いがよぎった経験はありませんか?
ひとり社長にとって、経費の判断は孤独な作業です。経理部門のチェックもなければ、上司の決裁もありません。止めてくれる人がいない代わりに、背中を押してくれる人もいません。
だからこそ、自分の中に明確な判断基準を持っておくことが大切です。
この記事では、経費にできる支出とできない支出を分ける法律上のルールを確認したうえで、迷ったときに使えるシンプルなセルフチェックである出資者テストをご紹介します。
あわせて、一線を越えた場合に会社と社長個人に何が起きるのかも、条文の根拠とともに解説します。
経費にできるかどうかは何で決まるのか
まず、法律上のルールを確認しておきましょう。
法人税の世界では、経費のことを損金と呼びます。会社の利益から差し引ける支出、つまり税金の計算上マイナスにできる支出のことです。
法人税法は、損金に算入できる金額として、売上原価、販売費や一般管理費などの費用、そして損失の額を挙げています(根拠:法人税法第22条第3項)。
共通するのは、いずれも会社の事業活動に対応する支出だという点です。
売上を上げるためにかかった原価、事業を運営するためにかかった費用。損金とは本来、そういう性質のお金を指します。
逆にいえば、事業と関係のない支出、つまり社長個人の生活のための支出は、会社の帳簿を通したとしても損金にはなりません。
ここまでは、多くの経営者が理屈として理解されているはずです。
問題は、実際の支出の多くが白か黒かはっきりしないことです。
取引先との飲食は交際費として筋が通ります。では、友人でもある取引先との食事はどうでしょうか。仕事に使うパソコンは経費で問題ありません。では、家族も使う自宅の家電はどうか。
事業と生活の距離が近いひとり社長ほど、グレーに見える支出は増えていきます。
迷ったら出資者テストで自問する
そこで役に立つのが、シンプルなセルフチェックである出資者テストです。やり方は簡単で、道具も要りません。
次のように想像してみてください。
あなたは自分のお金を出した出資者です。その資金を増やしてもらうために、信頼できる経営者に会社の経営を任せています。ある日、その経営者がこう報告してきました。
「あなたの資産を増やすために、こんな経費を使いました」
この報告を聞いて、出資者であるあなたが心から納得できるかどうか。それが分かれ目です。
「それもアリだね」と思えるなら、会社の経費として筋が通る支出です。
反対に、「バカ野郎!」と怒鳴りたくなるようなら、それはプライベートの支出である可能性が高いといえます。
このテストが機能するのは、視点を強制的に切り替えてくれるからです。
お金を使う本人の立場では、どうしても自分に甘い理屈を作ってしまいがちです。しかし、お金を出す側の立場に立った瞬間、その支出が資産を増やすためのもの(経費)なのか、プライベート支出なのかが見えてきます。
ひとり社長は経営者であると同時に、自分の会社への出資者でもあります。出資者テストは、自分の中のもう一人の自分にチェックを頼む仕組みです。
いくつか例を挙げましょう。
業界セミナーに参加するための出張費はどうでしょうか?
学んだ内容を事業にどう活かすかまで説明できるなら、出資者は納得するはずです。
一方、家族との外食を会議費として計上した場合はどうか。
出資者への報告を想像した瞬間、説明の言葉が見つからないことに気づくはずです。
説明できるかどうか。
出資者テストが自分に突きつけてくるのは、この一点です。
一線を越えた支出には二重のコストがかかる
では、出資者テストに引っかかるような支出を経費にしてしまうと、何が起きるのでしょうか?
役員給与と認定されると損金になりません
社長の私的な支出を会社が負担した場合、税務上は、会社が社長に経済的な利益を与えたものとして扱われます。
そして、この経済的な利益は役員給与に含まれます(根拠:法人税法第34条第4項)。
役員給与は、毎月同額を支給する定期同額給与など、あらかじめ決められた形式に当てはまるものしか損金にできません(根拠:法人税法第34条第1項)。
私的支出の肩代わりは臨時の給与ですから、この形式に当てはまらず、損金不算入となります。
結果として何が起きるか。
まず、経費にしたつもりの支出が否認され、法人税が追加で課されます。
そのうえ、その支出は社長個人への給与ですから、個人の側では所得税や住民税の対象になり、会社には源泉徴収漏れの問題も生じます。
法人と個人の両方で課税される、二重のコストです。
節税のつもりの行動が、はじめから給与として受け取るより高くつくことさえあります。
たとえば50万円の私的な旅行代を経費にしていた場合、その50万円は損金にならないまま、社長個人への給与として個人の税金まで増えるという流れです。
仮装や隠蔽があれば重加算税の対象になります
事実を仮装したり隠蔽したりして申告していた場合には、さらに重い扱いになります。
通常の過少申告加算税に代えて、追加で納める本税の35パーセントにあたる重加算税が課されます(根拠:国税通則法第68条第1項)。
プライベートの飲食を会議の記録として装って計上するような行為は、この仮装に当たります。
こうなると、もう節税の失敗という話ではありません。
ペナルティと延滞税で手元のお金が大きく減るだけでなく、税務署からの信頼も失いかねません。うっかりの計上ミスと、分かっていて行う仮装との間には、扱いにこれだけの差があります。
感覚は少しずつ麻痺していく
中小企業の経費判断が甘くなりやすい事情は理解できます。
誰のチェックも入らない環境では、経費の判断は少しずつゆるみやすいのが実情です。
最初は迷いながら計上していた支出が、2回目からは当たり前になります。
その積み重ねの先で、気づけば一線を越えていたというケースは決して珍しくありません。税務調査で最初に確認されるのも、こうした公私の境目があいまいな支出です。
怖いのは、本人に悪意の自覚がないまま感覚が麻痺していくことです。
だからこそ、数ヶ月に一度で構いませんので、自分にこう問いかけてみてください。
出資者としての自分は、この数ヶ月の支出に本当に納得しているだろうか、と。
あわせておすすめしたいのが、判断に迷った支出について、その場で目的をメモしておく習慣です。
誰と、何のために使ったのか。一言添えておくだけで、後から自分で検証できますし、税務調査で説明を求められたときの裏付けにもなります。メモは手帳でもスマホでも構いません。形式にこだわるより、その場で残すことが大切です。
出資者テストで判断し、メモで記録を残す。この二つの習慣で、経費判断の精度は着実に上がっていきます。
まとめ
経費にできるのは、事業のための支出です。
判断に迷ったときは、出資者の立場から自分の支出を眺めてみてください。納得できるなら経費、怒鳴りたくなるなら私的支出。このものさしを数ヶ月に一度使う習慣ができれば、節税と脱税の境界を見失うことはなくなっていきます。
私たちが目指すのは、税金をゼロにすることではなく、最低限必要な税金を払ったうえで、通帳の残高が増え続けている状態を作ることです。グレーな経費で目先の税金を少し減らしても、否認や重加算税のリスクを抱えたままでは、安心して手残りを増やすことはできません。


