人間ドックやジム会費はどこまで経費?社長の健康投資と税務の正しい線引き

はじめに:社長の体は、会社でいちばん働いている経営資源
中小企業では、営業も資金繰りも最後の判断も、社長が担っています。社長が長期間倒れれば、売上も止まります。だからこそ、人間ドックやジム通いといった健康投資は、社長にとって必要な支出です。そこで多くの社長が考えるのが、「このジム代や人間ドックの費用、会社の経費にできないか」という点です。
答えは、条件次第です。
同じ支出でも、条件を満たせば福利厚生費として経費になり、外せば社長への給与として課税されます。給与とされた場合、個人に所得税がかかるだけでなく、会社側でも損金にならないという二重の負担が生じることがあります。
この記事では、経費になる健康投資とならない健康投資の線引きを、根拠となる条文と通達を示しながら整理します。
制度解説:福利厚生費になる条件、給与になる場合
健康診断・人間ドックの費用
会社が役員や従業員の福利厚生のために負担した費用について、受けた側の経済的利益は、原則として給与課税しない取り扱いになっています。ただし、課税されない扱いから外れる場合が2つ定められています。
利益の額が著しく多額である場合と、役員だけを対象として供与される場合です(根拠:所得税基本通達36-29)。
この2つの条件から、実務上の線引きが導けます。
健康診断や人間ドックの費用を福利厚生費とするには、役員を含む全員を対象とすること(一定年齢以上の希望者全員、といった基準も認められます)、会社が費用を医療機関へ直接支払うこと、そして検診の内容が常識的な範囲であることが必要です。
逆に、社長だけが人間ドックを受け、その費用を会社が負担した場合は、役員だけを対象とした供与に当たり、給与として課税されます。役員への給与には金銭だけでなく経済的な利益も含まれるため(根拠:法人税法第34条第4項)、この負担額は役員給与として扱われ、定期同額給与などの要件を満たさなければ会社側で損金になりません(根拠:法人税法第34条第1項)。
個人は所得税、会社は損金不算入という形で、双方に負担が生じます。
スポーツジム・フィットネスクラブの会費
ジムの会費も考え方は同じです。
会社が法人会員として契約し、従業員の誰もが利用できる状態を作っていれば、福利厚生費として処理できます。通達上も、レジャークラブの年会費などの費用は、その使途に応じて交際費等、福利厚生費、給与のいずれかになると整理されています(根拠:法人税基本通達9-7-13の2(注))。
実際に社長しか使っていない、あるいは最初から社長専用で契約している場合、その会費は社長への給与です。
なお、毎月おおむね一定額で継続的に供与される経済的利益は定期同額給与に含まれるため(根拠:法人税法施行令第69条第1項第2号)、月払いの会費であれば会社側の損金算入が維持される余地はあります。ただしその場合でも、社長個人への給与課税と源泉徴収は避けられません。
そもそも経費にならない健康投資
病気やけがの治療費、サプリメント、健康器具、マッサージ代などは、社長個人の生活費です。会社が負担すれば、その全額が役員給与になります。ここは全員対象かどうかにかかわらず、会社の経費にする余地がない領域と考えてください。
一人社長・家族経営の会社は特に注意
従業員のいない一人社長の会社では、この線引きがさらに厳しくなります。福利厚生費は、従業員全体の厚生のための支出という性格が前提にあります。一人社長の会社で会社がジム会費を負担すれば、対象は必然的に役員だけになり、先ほどの「役員だけを対象として供与される場合」に該当します。健康診断についても同じ構図になるため、福利厚生費として扱うには税務調査で否認されるリスクが残ります。
一人社長や、家族役員だけで構成される会社では、健康投資は役員報酬の中から個人で支払うのが現実的な選択です。無理に会社の経費へ寄せるより、次に述べる医療費控除を個人側で正しく使うほうが、結果として手残りは守れます。
個人で払った分は医療費控除で拾えるか
個人で支払った治療費は、同一年中の医療費の合計が10万円(総所得金額等が200万円未満の方はその5%)を超えると、超えた部分について医療費控除が受けられます(根拠:所得税法第73条第1項)。
一方、人間ドックや健康診断の費用は、治療ではないため原則として医療費控除の対象になりません。
ただし例外があります。健康診断で重大な疾病が発見され、その診断に引き続き治療を受けた場合には、健康診断の費用も医療費控除の対象になります(根拠:所得税基本通達73-4)。人間ドックの領収書は、結果が出るまで捨てずに保管しておいてください。
試算例:同じジム代12万円で、結果はこう変わる
年会費12万円のジムを例にします。従業員5人の会社が法人契約を結び、利用規程を整えて全員が使える状態にしていれば、12万円は福利厚生費です。誰にも給与課税は生じません。
同じ12万円でも、一人社長の会社が福利厚生費として処理し、税務調査で役員給与と認定された場合はこうなります。会社側では、損金不算入とされれば法人税等の実効税率を約25%と仮定して約30,000円の追徴。個人側では、所得税と住民税の税率を合計30%と仮定して約36,000円の負担増に加え、源泉徴収漏れの指摘を受けます。これに加算税や延滞税が上乗せされるため、「経費で落とした」つもりの12万円が、7万円を超える持ち出しを生む計算です。線引きを知らないことのコストは、決して小さくありません。
健康投資はやめない。線引きを守って続ける
誤解しないでいただきたいのは、経費にならないから健康投資をやめるべきだ、という話ではないことです。社長の健康は、売上と利益を生み続けるための前提であり、健康投資それ自体の価値は税務上の扱いとは別にあります。
当事務所が一貫してお伝えしているのは、最低限必要な税金を払ったうえで、通帳の残高が増え続ける状態を作ることです。経費になるものは要件を整えて正しく経費にする。ならないものは役員報酬から個人で支払い、使える控除を使う。この順番を守ることが、追徴というかたちでお金を失わない、堅実な健康投資の設計になります。
実行前に確認したい注意点
1つ目は、全員対象であっても金額が問われることです。著しく高額な検診コースや会費は、全員対象でも課税される可能性があります(根拠:所得税基本通達36-29)。世間相場の範囲に収めてください。
2つ目は、書面と実態の整備です。ジムは法人名義で契約し、健康診断や施設利用の規程を作り、対象者全員に周知した記録を残します。規程だけ作って実際は社長しか使っていない、という状態では認められません。
3つ目は、判断に迷う支出を自己判断で処理しないことです。健康投資と税務の境界は、対象者の範囲、金額、契約形態のわずかな違いで結論が変わります。処理に迷うものは、決算前に顧問税理士へ確認してください。
まとめ
社長の健康投資が経費になるかどうかは、全員を対象にしているか、会社が直接負担しているか、金額が常識的かの3点でほぼ決まります。役員だけを対象にした負担は給与課税となり、会社と個人の双方で負担が生じます。一人社長の会社では福利厚生費のハードルが高いため、役員報酬から個人で支払い、治療につながった費用は医療費控除で拾うのが堅実です。
なお、税制は改正されることがあります。実際の判断の前には、その時点の最新情報もあわせてご確認ください。


