賃上げで最大35%節税+リピーター増——中小企業の一石三鳥経営術

目次

はじめに

「スタッフの給与を上げてあげたい。でも、人件費が増えたら手元に残るお金がもっと減ってしまう…」

経営者の方から、こんな声をよく耳にします。物価高が続く今、従業員の生活を守ってあげたいという思いは強い。しかし、賃上げに踏み切れないまま時間だけが過ぎていく——そんな状況は、決して珍しくありません。

ところが実は、賃上げをすることで法人税が大幅に減らせる制度があります。それが「賃上げ促進税制」です。中小企業であれば、給与増加額の最大35%を法人税から直接差し引くことができる、大変パワフルな制度です。

さらに、賃上げには節税効果だけでなく、「優秀なスタッフが定着する→サービス品質が上がる→顧客がリピートしてくれる」という連鎖を生み出す力があります。本記事では、この「節税×人材定着×リピート売上」の三角形を、できるだけ分かりやすく解説していきます。どうぞ最後までお付き合いください。

賃上げ促進税制とは?中小企業が受けられる「最大35%税額控除」の仕組み

賃上げ促進税制は、青色申告を提出している中小企業者等が、従業員の給与を前年度より一定以上増やした場合に、増加額の一部を法人税から直接差し引ける制度です(根拠条文:租税特別措置法第42条の12の5第2項)。

適用対象となる「中小企業者等」は、資本金1億円以下の法人、または従業員数1,000人以下の個人事業主が基本となります。ただし、大規模法人(資本金1億円超の法人など)から2分の1以上の出資を受けている場合は「みなし大企業」と扱われ、対象外となりますので、グループ会社の場合は出資関係を必ず確認してください。適用期間は、令和6年(2024年)4月1日から令和9年(2027年)3月31日までの間に開始する各事業年度です。

「税額控除」は節税の中でも最強クラス

節税の手段にはさまざまなものがありますが、「税額控除」は特別な位置づけです。経費を増やすことで利益を下げる「損金算入」とは異なり、計算された法人税額からそのまま引き算するのが税額控除です。1万円の税額控除は、そのまま1万円の節税になります。その即効性と確実性は、他の節税手段と比べてもトップクラスと言えます。

しかも、賃上げ促進税制の場合は「給与を上げる」という経営上の意思決定と節税が完全に一致しています。つまり、従業員のためになりながら、会社の手元資金も増やせるという点で、他に類を見ない制度です。

中小企業が受けられる控除率を整理する

中小企業向けの控除率は、給与増加の割合に応じて段階的に設定されています。

  • 給与増加率が1.5%以上の場合:増加額の15%を税額控除
  • 給与増加率が2.5%以上の場合:増加額の30%を税額控除
  • くるみん認定・えるぼし認定(2段階目以上)等の取得:さらに+5%加算(最大35%

控除できる上限は、その事業年度の法人税額の20%です。法人税が500万円あれば、最大100万円を控除できる計算です。さらに、赤字などで当期に控除しきれなかった金額は最大5年間繰り越すことができます(令和6年度税制改正で新設)。業績が不安定なフェーズでも将来の黒字化を見越して賃上げに踏み切りやすい設計になっています。

⚠️ 【注意】令和8年度税制改正の影響:従来は教育訓練費の増加でさらに+10%の上乗せが受けられ最大45%まで控除できましたが、令和8年度税制改正大綱にもとづきこの上乗せ措置は廃止されました。現在の最大控除率は35%です。

賃上げが生み出す「人材定着→顧客リピート」という好循環

税額控除の話だけ聞くと、「節税のための賃上げ」という印象を持つかもしれません。しかし実際には、賃上げは経営の根幹に関わる施策です。こんな経験はありませんか? せっかく育てたスタッフが辞めてしまい、その後しばらく顧客対応が乱れて、常連のお客様の足が遠のいてしまった——という苦い経験を。

顧客がリピートしてくれる最大の理由のひとつは、「あの人だから頼みたい」「あのお店は安心できる」という人への信頼です。つまり、優秀なスタッフが長く働いてくれること自体が、リピーターを生み出す土台になっています。

「穴の開いたバケツ」を塞ぐことがリピート経営の出発点

経営の全体像を「穴の開いたバケツ」で考えてみてください。どれだけ広告費をかけて新規のお客様を集めても、バケツの穴(顧客離反・スタッフ離職)が塞がれていなければ、水は流れ出ていくばかりです。穴を塞がないまま水を注ぎ続けることほど、非効率な経営はありません。

賃上げはその穴を塞ぐ施策のひとつです。給与水準が上がると優秀なスタッフが定着し、長期在籍スタッフはお客様との関係を深く築けます。顔と名前を覚えてくれているスタッフ、自分の好みを理解して提案してくれるスタッフ——そういった体験が積み重なって初めて、顧客は「次もここで買おう」「来月もここに来よう」と思うようになります。

離職率を下げると採用コストも自然に減る

たとえば従業員20名の会社で、年間離職率が10%から8%に下がったとします。1名あたりの採用・研修コストを60万円と仮定すると、年間で約24万円の節約になります。賃上げによる人件費の増加分の一部は、こうした採用コストの削減で自然に吸収されます。

しかも長く働いたスタッフは業務熟練度が上がり、ミスが減り、顧客対応のスピードと質が高まります。節税・採用コスト削減・顧客リピート率向上が同時に進むのが、賃上げの本当の力です。

節税キャッシュをリピーター獲得に再投資する——試算と具体的な使い道

ここで少し立ち止まって確認しましょう。実際にどのくらいの節税効果が生まれるのでしょうか?

【計算例】

  • 前年度の給与総額:5,000万円
  • 当年度の給与総額:5,150万円(前年比3%増)
  • 給与増加額:150万円 / 増加率3%(2.5%以上のため控除率30%適用)
  • 税額控除額(上限前):150万円 × 30% = 45万円
  • 当年度の法人税額:400万円 / 控除上限:400万円 × 20% = 80万円
  • 実際の控除額:45万円(全額控除可)

年間45万円が法人税から直接差し引かれます。この45万円を次のようなリピーター獲得施策に充てることができます。

  • CRM・顧客管理システムの導入:顧客の来店履歴・購買データを蓄積し、誕生日のDMや季節のご案内を自動化できます。スタッフが少ない会社でも「お客様一人ひとりに気を配っている」という体験を提供でき、来店頻度の向上に直結します。
  • スタッフ向け接客研修の実施:外部の研修に参加することでサービスの均質化と底上げが期待できます。スタッフが自信を持って接客できるようになると、それがそのまま顧客満足度につながります。
  • 既存顧客向け特典・ポイント設計:ポイントカードや会員向け先行案内など、「来てくれたお客様への感謝」を形にするツールは、コストが低い割にリピート率向上効果が高い投資です。

節税で生み出したキャッシュを「顧客が次も来たくなる仕組みづくり」に使う。この循環こそが、中小企業が安定的に利益を積み上げていくための経営設計です。

適用前に確認すべき3つのポイント

賃上げ促進税制はとても有利な制度ですが、適用の際にはいくつかの落とし穴があります。事前にしっかり確認しておくことで、安心して活用できます。

① みなし大企業は対象外:資本金が1億円以下でも、大規模法人(資本金1億円超の法人等)から2分の1以上の出資を受けている場合は「みなし大企業」となり本制度を利用できません。グループ会社の場合は必ず確認が必要です。

② 役員給与・役員親族への給与は計算に含まれない:「雇用者給与等支給額」の計算には役員給与は含まれません。オーナー社長自身の役員報酬を上げても本制度の控除額には影響しないため、従業員給与の増加をどう設計するかが重要になります。

③ 確定申告書への明細書添付が必須:この制度は申告が自動では行われません。確定申告書に別表(別表6(24):給与等の支払額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書)を添付して申告する必要があります。申告漏れが起きやすいポイントですので、顧問税理士とともに対応することを強くお勧めします。

まとめ——賃上げは「節税×人材×リピート」を同時に動かすスイッチ

賃上げ促進税制は、単なる節税ツールではありません。給与を引き上げることで、法人税の節約・優秀なスタッフの定着・顧客リピート率の向上という3つの恩恵を同時に手にできる仕組みです。最低限必要な税金を払いながらも、通帳の残高が増え続けていく状態——それを実現するための手段として、この制度は非常に有効です。

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わかお税理士
税理士(税理士登録番号:140275)、国際認証MBA(経営学修士)、ファイナンシャル・プランナー

20年以上の実務経験の中で、上場企業から中小零細企業まで100数十名の社長の経営・税務・資産形成を継続的に支援。
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