「品質には自信があるのに売れない…」価格競争から抜け出すために知っておきたい、お客様の心理と長く愛される会社の作り方

目次

はじめに:良いものを作っているのに、なぜ価格で負けてしまうのか

「うちの商品は、一度使ってもらえれば必ず良さがわかってもらえるのに」

そう感じたことはありませんか。

毎日コツコツと品質を磨き、サービスの細部にまでこだわっている。
それなのに、相見積もりで「A社さんの方がお安いので」と断られてしまう。
Webサイトには人が来ているのに、なぜか購入ボタンが押されない。
仕方なく値下げに応じて、利益がどんどん薄くなっていく。

こうした価格競争の苦しさを、私自身も痛いほど経験してきました。
「良いものを作れば、お客様は合理的に判断して選んでくれるはずだ」と信じていた時期があります。
でも、それは幻想でした。

多くの失敗を重ねる中で、ようやく気づいたことがあります。
お客様は、論理だけで財布を開いているわけではありません。
感情やそのときの状況、つまり文脈によって購買を決めているということです。

この記事では、人間の心理を科学的に解き明かす行動経済学の考え方と、会社を安定させるリピーター戦略を組み合わせて、価格競争から抜け出すための具体的な方法をお伝えします。

明日からすぐに使える視点が、きっと見つかるはずです。

お客様はなぜ「高い」と感じるのか、その心理を知る

価格競争を抜け出すためには、まず相手を知ることが大切です。
ここでいう相手とは、競合他社ではありません。
お客様の頭の中にある思い込み、いわゆる認知バイアスのことを指します。

人は「得すること」より「損すること」を強く意識している

ノーベル賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンらが提唱したプロスペクト理論という考え方があります。
この理論が示しているのは、人間は何かを手に入れる喜びよりも、同じものを失う悲しみのほうを約2倍も強く感じるという事実です。
これを損失回避と呼びます。

たとえば、あなたの会社が新しいサービスを提案したとしましょう。
お客様の頭の中では、そのサービスを導入して得られるメリットよりも、導入に失敗してお金を無駄にするリスクや、今のやり方を変える面倒さのほうが大きく感じられています。
無意識のうちに、損する可能性を2倍も重く見積もっているわけです。

だからこそ、ただ「機能が優れています」とアピールするだけでは響きません。
お客様が抱える損への恐怖を和らげてあげる、あるいはその心理をうまく活かすアプローチが必要になってきます。

価格は「いくらか」ではなく「何と比べるか」で決まる

お客様があなたの商品を見て「高い」と感じるとき、実は商品そのものの価値を見ているわけではありません。
頭の中にある基準と比較しているだけです。

この基準のことを、行動経済学ではアンカー(錨)と呼びます。
アンカリング効果とは、最初に見た数字が基準になって、その後の判断が引っ張られる心理現象のことです。

具体的に考えてみましょう。
最初に5万円のプランを見せられた後に3万円のプランを見ると、「これは安い」と感じます。
ところが、最初に1万円のプランを見せられた後に同じ3万円を見ると、「高いな」と感じてしまう。
同じ3万円でも、印象がまるで違ってくるわけです。

中小企業の多くは、この最初の提示の設計が弱いように感じます。
いきなり本命価格を出してしまうから、お客様はもっと安い他社と比較を始めてしまうのではないでしょうか。

松竹梅の並べ方には意味がある

鰻屋さんで松(5000円)、竹(3500円)、梅(2500円)と並んでいたら、あなたはどれを選びますか。

多くの人が真ん中の竹を選ぶ傾向があります。
これは極端の回避と呼ばれる心理で、人は極端な選択肢を避けて無難なものを選びたがるという性質を表しています。

ここにマーケティングのヒントがあります。
もし本当に売りたい商品が3500円なら、それ単体で売ってはいけません。
あえて高額な5000円の松を用意することで、3500円が手頃で失敗のない選択肢に見えるようになります。

さらに、行動経済学者ダン・アリエリーが示したおとり効果も活用できます。
たとえば、新聞などの販売で次のような3つの選択肢があったとしましょう。

A:Web版のみ(5,900円) B:印刷版のみ(12,500円) C:Web版+印刷版セット(12,500円)

この場合、Bを選ぶ人はほとんどいません。
同じ値段でCのほうが明らかにお得だからです。
しかし、この選ばれないBが存在することで、Cが圧倒的にお買い得に見えて、Cの成約率が大きく上がります。

中小企業こそ、このメニュー設計に力を入れるべきだと私は考えています。
ただ商品を並べるのではなく、お客様が「これを選ぶのが一番賢い」と思えるように選択肢をデザインしてみてください。

新規のお客様ばかり追いかけると、なぜ苦しくなるのか

行動経済学を使って買ってもらう工夫をしても、それを新規客だけに向けていては経営は楽になりません。
ここで大切になるのが、リピーター戦略という考え方です。

新規開拓にかかるコストは想像以上に大きい

マーケティングの世界では、新規客の獲得コストは既存客の維持コストの5倍かかると言われています。
しかし、私見聞きした事例ですと、もっと差が開くケースも珍しくありません。

知り合いが以前経営していた飲食店では16倍ものコスト差があったようです。
現代は情報があふれていて、新しいお客様に振り向いてもらうための広告費や労力は上がる一方です。

一方で、すでに関係ができたリピーターには、LINEやメルマガ一本でほぼゼロに近いコストでアプローチできます。
この差を意識するだけでも、経営の視点が変わってくるのではないでしょうか。

損失回避の心理が新規獲得を難しくしている

先ほどのプロスペクト理論を思い出してください。人は損を極端に嫌います。

まだ使ったことのない商品を買うことは、お客様にとって未知のリスクへの挑戦です。
だからこそ、新規客の獲得ハードルは本質的に高くなります。

逆に言えば、一度「この会社の商品は良かった」と体験したお客様にとって、他社に乗り換えることは今の安心を手放すリスクになります。
リピーターになればなるほど、お客様の損失回避の心理があなたの会社を守るバリアとして働き始めるわけです。

行動経済学とリピーター戦略を組み合わせた実践ステップ

では、具体的にどう動けばいいのでしょうか。
認知バイアスを活かして初回購入のハードルを下げ、そこから強固なリピーター関係を築くためのステップをご紹介します。

ステップ1:無料の力と伝え方の工夫で心理的ハードルを下げる

新規のお客様が一番恐れているのは、金銭的な損失です。
ここで使うべき強力な武器が、無料というオファーになります。

初回お試し無料といった提案は、単なる値引きとは違います。
損をする可能性がゼロという安心感が、想像以上の引力を生み出してくれます。

また、伝え方(フレーミング)も重要です。
月額1000円と言うより1日たった33円でこの安心が手に入りますと伝えるほうが印象に残ります。

まずは、お客様の頭の中で「これなら試しても損はない」あるいは「試さないと損かもしれない」と思ってもらえる状況を作ることが第一歩です。

ステップ2:アンカリングで価値の見え方を変える

初回の接触で興味を持ってもらえたら、次は価格提示の段階です。
ここで安売りをしてはいけません。

必ず上位プランを先に見せるようにしてください。通常価格は○万円ですが、会員様限定で…といった見せ方も効果的です。

お客様が頭の中にこの商品は高い価値という基準を抱いたうえで販売価格を提示すると、お客様は安く買えた、得をしたと感じます。
このポジティブな感情こそが、次のリピートにつながる種まきになります。

ステップ3:3種類のリピートで長期的な関係を築く

一度購入してくださったお客様を大切にしなければいけません。
ここで目指すべきは、単に同じものを繰り返し買ってもらうことだけではありません。
以下の3つのリピートを組み合わせることが大切です。

まず1つ目は、同経験リピートです。
これは同じ商品を何度も買ってもらう形で、消耗品などが該当します。ただし、飽きられるリスクもあるので注意が必要です。

2つ目は、異経験リピートと呼ばれるものです。
「ご自分用にいかがでしたか? 今度は大切な方へのギフトとしていかがでしょう」と提案することで、利用シーンを広げていきます。これにより顧客単価と利用頻度の両方が上がっていきます。

3つ目が最も重要な時系列リピートです。
たとえばパンを買ったお客様が、次は紅茶の入れ方教室に参加し、その後専用の食器を購入する。モノとサービス(体験)を交互に提供することで、お客様の生活の中に深く入り込んでいくことができます。

この時系列リピートが完成すると、お客様の中に保有効果と呼ばれる心理が生まれます。
「この店とは長い付き合いだ」「私の好みをわかってくれている」という感覚です。

ここまで関係が深まると、お客様は他社に乗り換えることを「これまで築いてきた関係を失う損失」と感じるようになります。

価格競争を抜け出した先に待っているもの

ここまで、行動経済学とリピーター戦略を組み合わせたマーケティングについてお話ししてきました。

「人の心理を利用するなんて、ちょっとズルいのでは」と思われたかもしれません。でも、私はそうは思いません。

情報があふれる現代社会で、お客様は常に選択のストレスにさらされています。
「どれが正解なんだろう」「損したくないな」と迷い続けているのが実情です。

私たちが行動経済学を学ぶのは、そんな迷っているお客様の背中をそっと押して、自信を持って選んでもらうためです。
これは選択の設計と呼ばれる考え方で、お客様のためになる誠実なアプローチだと私は考えています。

そうして選び続けてくださるリピーターの存在は、会社に大きな変化をもたらします。

広告費が減り、適正価格でも買ってもらえるようになるので、利益率が向上します。
「いつもありがとうございます」と声をかけてくださる常連さんに囲まれることで、スタッフのやりがいも高まり、離職率の低下にもつながっていきます。
そして何より、来月の売上を心配する日々から解放されて、前向きな投資や将来のビジョンを考える余裕が生まれてきます。

価格競争で消耗する毎日は、もう終わりにしませんか。

人の心のメカニズムを理解し、お客様を単なる合理的な消費者としてではなく、感情を持つ一人の人間として向き合うこと。
一度の取引で終わらせず、長く寄り添うパートナーとしての関係を築いていくこと。

これこそが、資本力では大企業にかなわない中小企業が、価格破壊の波に負けずに生き残るための最も確かな戦略だと私は思います。

まずは自社の価格表を見直すところから始めてみませんか。
松竹梅の構成になっていますか。
お客様が「これを選ぶのが一番賢い」と思える設計になっているでしょうか。

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わかお税理士
税理士(税理士登録番号:140275)、国際認証MBA(経営学修士)、ファイナンシャル・プランナー

20年以上の実務経験の中で、上場企業から中小零細企業まで100数十名の社長の経営・税務・資産形成を継続的に支援。
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