法人保険で節税したい経営者の悩みがインフレ期に逆効果になる理由

はじめに――決算前の社長からよくある相談
「今期は思ったより利益が出そうなので、法人保険に加入して節税したいんです」
決算月が近づくと、こうした相談が今も数多く寄せられます。法人保険による節税は、長い間、中小企業の王道テクニックとして広く知られてきました。掛金を経費にしながら将来の備えにもなる、いかにも合理的な選択肢に見えるからです。
ところが、ここ数年でその前提が大きく崩れつつあります。物価が継続的に上昇するインフレ局面では、保険積立による従来型の節税が逆に会社のお金を目減りさせてしまうケースが増えているからです。
本記事では、インフレ時代における節税の考え方を、眠るお金と働くお金という視点で整理します。そのうえで、これからの中小企業経営者が取るべき具体策が自然と見えてくるはずです。
デフレ時代の節税常識がインフレ時代に通用しない理由
総務省が発表している消費者物価指数によれば、日本の物価は2013年あたりから緩やかな上昇に転じ、2022年以降は2〜3%台の上昇が続いています。政府は物価上昇率2%を目標として掲げており、基本的には今後も物価は上昇していくシナリオで政策が進められる見通しです。
では、物価上昇と節税はどう関係するのでしょうか?
たとえば、決算月が近づいて思ったより利益が出てしまったとき、法人保険に加入して掛金を経費にしようと考える社長は今も少なくありません。手元のお金を将来の役員退職金や万一の備えとして積み立てつつ、その期の税金を抑える。一石二鳥の選択肢に見えます。
ところが、その中身がデフレ時代とインフレ時代では180度変わってしまいます。ここで言う物価上昇とは、単に商品の値札が上がるだけの現象ではありません。私たちの手元にあるお金が、これまでと同じ価値を持たなくなっていく現象でもあります。同じ100万円でも、5年前、10年前と比べて買えるモノやサービスの量はじわじわと減ってきました。
物価が下がるデフレ時代は、お金を眠らせていてもモノの値段が下がっていくため、時間の経過とともにお金の実質的な価値はむしろ上がっていきました。今100万円で軽自動車しか買えなくても、10年後には同じ100万円で普通自動車が買える、といった具合です。だからこそ、保険積立金として長期間お金を置いておくこと自体が、価値の保全に直結していました。
ところが、物価が上がるインフレ時代にはこの構図がそっくり逆になります。眠らせたお金は、時間の経過とともに買えるモノが減っていきます。つまり、実質的な価値が目減りしていく流れです。同じ100万円であっても、10年後には今と同じ買い物ができない可能性が高い、というのがこれからの当たり前と言えるでしょう。
節税策の良し悪しは、お金の絶対額だけでなく、そのお金が将来どれだけの価値を持つかという視点も含めて評価しなくてはなりません。デフレ時代の節税常識をそのまま信じてしまうと、ご自身では節税のつもりが、知らないうちに会社の体力を奪う結果になりかねません。
10年眠らせた保険積立金は実質いくら目減りするのか
抽象的な話だけではイメージしづらいので、具体的な数字で見ていきましょう。
たとえば、毎期一定の保険料を支払い、10年後に解約返戻金として戻ってくる法人保険があるとします。仮に総額100万円の掛金を支払い、10年後の解約返戻金が85万円だったとします。額面だけ見れば、確かに15万円の目減りで済んでいる計算です。この程度の目減りなら節税効果と相殺してプラスではないか、と感じる方も多いはずです。
しかし、ここに物価上昇という要素を加えると景色がまるで変わります。
インフレ率を年2%と仮定した場合、10年間でお金の実質的な価値は約16%下がります。10年前の100万円は、今の価値に換算すると約84万円分の購買力しか持たないということです。逆に言えば、10年後の85万円は、今の価値で言うとおよそ71万円程度にしか相当しません。
つまり、額面では15万円の目減りに見える解約返戻金が、実質的には29万円も価値が下がっていることになります。
もちろん、その間に得られた節税効果分も加味しなければ全体像は見えてきません。それでも、節税額がこの29万円の目減りを上回らない限り、トータルでは会社のお金を減らしてしまう結末になります。これは決算書には現れない、隠れた損失です。
この点を意識せずに、とりあえず法人保険を続けている会社は、毎年じわじわと体力を削られていきます。ご自身の会社で加入している法人保険は、トータルで本当にお金を残せていますか?保険証券をしまった引き出しを、もう一度開けてみる価値はあるはずです。
眠るお金と働くお金を分けて考える発想
インフレ時代の節税を考えるうえで、ぜひ取り入れていただきたい発想があります。それが、会社のお金を眠るお金と働くお金に分けてとらえるという考え方です。
眠るお金とは、保険の積立金や定期預金のように、万が一に備えてそのまま置いてあるお金を指します。すぐには動かさず、長期間置いておくことが前提となっているお金です。
一方の働くお金は、設備や在庫、人材、広告など、事業の中で稼ぐために形を変えて活用されているお金を指します。新しい機械が稼働して製品を生み出したり、広告から見込み客が集まったりするように、利益を生み出すために動いているお金と言えるでしょう。
デフレ時代であれば、眠るお金は時間の経過とともに価値が高まっていく特性を持っていました。だから保険積立金や預金にお金を置いておくこと自体が、ある種の運用と同じ意味合いを持っていました。
ところがインフレ局面では、お金を眠らせるほど価値が目減りしやすくなります。だからこそ、必要最小限の備えとしての眠るお金だけを残し、それ以外はできるだけ働くお金に変えていく発想が大切になります。
具体的には次のような問いかけが有効でしょう。
万が一に備えるためのお金は、今いくらあれば十分でしょうか?それを超える部分は、本当にそのまま眠らせておく必要があるでしょうか?
節税商品に手を出す前に、まずはこの問いをご自身に投げかけてみてください。眠るお金を増やすタイプの節税よりも、働くお金へと組み替えるタイプの節税の方が、結果として手元に残るお金は大きくなる場面が多いはずです。
今日が一番安い日――設備投資と優遇税制の合わせ技
インフレ時代において、最も理にかなった働くお金への組み替え先のひとつが設備投資です。
モノの値段が上がり続ける局面では、必要な設備の購入は早ければ早いほど安く済みます。極端に言えば、必要だとわかっている設備については、今日が一番安い日になります。1年待てば1年分、値段は上がっている可能性が高い。それなら、利益が出ているうちに買って、すぐに稼働させてしまった方が合理的でしょう。
さらに、ここに優遇税制を組み合わせると効果は跳ね上がります。代表的なものをいくつかご紹介します。
中小企業投資促進税制
青色申告かつ資本金1億円以下の中小企業が、新品の機械やソフトウェアなどを購入した際に、特別償却または税額控除を選べる制度です。資本金3,000万円以下の会社であれば、購入金額の7%を直接法人税からマイナスできる税額控除が選択肢に入ります。手続きは法人税の申告書に一定の事項を記載するだけで完了するため、対象設備を取得した場合は積極的に検討したい制度です。
中小企業経営強化税制
経営力向上計画の認定を受けたうえで対象設備を購入した場合、機械やソフトウェアなどであれば購入金額の全額をその期の経費にできる制度です。資本金3,000万円以下の会社なら税額控除10%も選択肢に入ります。ただし、原則として設備の購入前に国から投資計画の認定を受ける必要があります。発注前から逆算してスケジュールを組む必要があるため、検討は早めに始めましょう。
少額減価償却資産の特例
1台40万円未満のパソコンや備品であれば、年間300万円の枠内で、購入したその期に全額を経費へ計上できる制度です。期末に向けて生産性アップを図りたい会社にとって、使い勝手のよい仕組みでしょう。決算の数か月前に「今期は利益が出そうだから、近いうちに必要になる備品を前倒しで買おう」という場面で活躍します。
これらの制度は、いずれも国が中小企業に設備投資をして経済を活性化してほしいというメッセージのもとで用意した優遇措置です。設備投資というお金の使い道そのもので、お金を働かせることができる。なおかつ税負担を軽くできる。インフレ時代における節税としては、極めて筋のよい選択肢と言えます。
ただし、いずれの制度も最低投資金額、適用期限、事前申請の有無などが細かく定められている点には注意が必要です。設備の発注を済ませてから相談すると間に合わないこともあるため、検討段階で顧問税理士に確認することをお勧めします。
賃上げを節税に変える賃上げ促進税制の使い方
働くお金として組み替えるべき先は、設備だけではありません。むしろ、これからの時代に最も重要な投資先は、毎日現場を支えてくれている従業員です。
物価が上がり続ける局面では、生活費の負担も着実に重くなっていきます。賃上げをためらえば、最初に会社を去っていくのは優秀な人材になりがちです。長年積み上げてきたノウハウや顧客との信頼関係を失えば、新しい人材を採用して同じ水準まで育てるのに多額のコストと時間がかかります。賃上げを我慢して人件費を抑えたつもりが、結果として大きな損失を生む。これがインフレ時代の人材リスクと言えるでしょう。
こうした賃上げを、税制を使って後押ししてくれるのが賃上げ促進税制です。
従業員全体の給与総額が前期より1.5%以上増えた場合、増加額の15%を法人税から直接マイナスできます。さらに、給与総額の増加率が2.5%を超えると控除率が15%上乗せされ、女性活躍・子育て支援に関する厚生労働省の認定を受けていれば、さらに5%が上乗せされます。条件次第では、増加額の最大35%が法人税から控除される、非常にインパクトの大きい制度です。
たとえば、前期1,000万円だった給与総額が今期1,200万円に増えたとしましょう。増加額200万円に対して、基本15%と上乗せ15%を合わせた30%が適用されれば、60万円が法人税から直接マイナスされます。さらに法人税の減少に連動して、法人住民税も約4万2千円減る計算です。
もちろん、給与額そのものを上げると会社の社会保険料負担も同時に増えていきます。そこで合わせて検討したいのが、出張旅費規程と社宅制度です。
出張旅費規程に基づく日当は、受け取った従業員に所得税・住民税がかからず、社会保険料の対象にもなりません。会社にとっても、社会保険料の負担増なしに従業員へ手取りを増やせる、効率のよい仕組みです。
社宅制度も同様です。会社名義で住宅を借り上げ、適正額を従業員から徴収する形にすれば、住宅手当として現金支給するよりも、所得税・住民税・社会保険料の負担を大きく抑えながら従業員の実質的な可処分所得を増やすことができます。
これらの仕組みを組み合わせれば、賃上げ促進税制で税額控除を受けつつ、無税の賃上げで従業員の手取りを増やし、結果として人材の定着率を高めるという好循環を作ることができます。
あなたの会社では、来期の賃上げ計画について、すでに具体的なシミュレーションを行っていますか?もし計画段階であれば、その設計ひとつで節税効果と人材確保の両方に大きな差がついてくるでしょう。
インフレ時代の節税を始めるための3ステップ
ここまでの内容を、実際の行動に落とし込みやすい3つのステップにまとめます。
第一に、今加入している法人保険や定期預金などを棚卸ししましょう。それぞれが本当に必要な備えなのか、過剰に積み上がっていないかをチェックします。眠るお金が必要量を超えていないかを確認する作業です。
第二に、近い将来の設備投資計画を洗い出しましょう。古いパソコンや生産設備、業務効率化ツールなど、いずれ買い替えが必要なものは、利益が出ている期に前倒しで導入する価値が十分にあります。優遇税制と組み合わせれば、節税効果は一段と高まります。
第三に、向こう1年の賃上げ・人材投資の計画を立てましょう。給与の引き上げに加えて、出張旅費規程や社宅制度の整備も含めて、トータルで従業員の手取りをどう増やすかを設計します。賃上げ促進税制が使える形になっているかを、顧問税理士と一緒に確認してください。
まとめ――インフレ時代の節税は眠らせず働かせるが基本
本記事の要点を振り返ります。
第一に、デフレ時代の節税常識である、とりあえず法人保険という発想は、インフレ時代には逆効果になりかねません。眠らせたお金は物価上昇によって実質的な価値が目減りしていきます。
第二に、会社のお金は眠るお金と働くお金に分けて考え、必要最小限の備えを超える部分は積極的に働くお金へ組み替えていく姿勢が重要です。
第三に、設備投資と人材投資は、インフレ時代の代表的な働くお金への組み替え先になります。中小企業投資促進税制、中小企業経営強化税制、賃上げ促進税制などを活用すれば、節税効果と事業の成長エンジン強化を同時に手に入れることができるでしょう。
節税の本質は、税金をゼロにすることではなく、税金を払ったうえで通帳残高が増え続ける状態を作ることにあります。今あなたの会社で眠っているお金は、本当にそのまま眠らせておく価値があるでしょうか?インフレ時代の節税は、お金を眠らせず、しっかり働かせるという発想から始まります。
気になる優遇税制があれば、まずは顧問税理士に、自社で使える可能性はありますかと一言ぶつけてみてください。その一言が、あなたの会社の通帳残高を10年後に大きく変えるきっかけになるかもしれません。


