3割引きしたら販売数1.75倍でやっと同じ利益、それでも値下げを続けますか?

売上が伸び悩むと、つい値下げに手を伸ばしたくなるものです。
価格を下げれば顧客が増えて、結果的に利益も増えるはず。
そう考えるのは自然なことかもしれません。
競合他社が値下げを仕掛けてくれば、対抗せざるを得ないという焦りもあるでしょう。

しかし、この一見合理的に見える戦略が、実は会社の体力を静かに蝕んでいることをご存知でしょうか。
値下げは確かに手軽な施策ですが、その代償は想像以上に大きいものがあります。

本記事では、安易な値下げがもたらす危険性と、中小企業が本当に取るべき価格戦略についてお伝えしていきます。

稲盛和夫氏が残した言葉に、値決めは経営であるという一節があります。
価格設定とは単に数字を決める作業ではなく、自社の価値を社会にどう問いかけるかという、経営の根幹に関わる経営判断です。

目次

値下げがもたらした悲劇——あるアクセサリー作家の話

とあるハンドメイドのアクセサリーを販売する事業者のお話です。
彼の作品は石や装飾に強いこだわりがあり、顧客一人ひとりのためにつくるセミオーダー形式をとっています。

商品の平均価格は6万円前後で決して安くはありませんが、納品まで数か月待ってでも手に入れたいと願う熱心なファンに支えられ、事業は順調でした。

ところが、もっと顧客を増やしたいという思いから、ある決断をします。
高価格帯のセミオーダーから、あらかじめ製作しておいた2万円前後の既製品へと主力商品を切り替えました。

結果はどうなったでしょうか。

狙い通り顧客数は増えました。
しかし、顧客層に大きな変化が現れます。
これまでの熱心なファン層に代わり、デザイン性よりも値ごろ感を重視する人々が大多数を占めるようになりました。

そこから悪夢が始まりました。
今まで一度もなかった返品が急増し、納期やさらなる値引きに関する問い合わせ対応に日々追われるようになります。
顧客数が増えたにもかかわらず、利益は下降線をたどり始めました。

幸いすぐに価格帯を元に戻し、事なきを得ています。
しかしこの経験は、値下げがもたらすリスクを浮き彫りにしました。

価格が変えるのは客数よりも客層である

この事例から学ぶべき教訓は明確です。
値決めは単に客数だけではなく、経営の根幹に関わる客層までも変えてしまうということです。

価格とは、企業が顧客に対して発信する強力なメッセージです。
自社の商品やサービスの価値を定義すると同時に、どのような価値観を持つ顧客と関係を築きたいのかという意思表明でもあります。

値ごろ感を求める顧客層は、たとえ丁寧に対応して満足してもらえたとしても、本来提供したかった6万円のオリジナルアクセサリーを購入することはまずありません。
価格を下げたその瞬間から、本来出会いたかった顧客との接点が失われていきます。

数字で見る値下げの恐ろしさ

値下げが利益に与える影響を、具体的な数字で確認してみましょう。
感覚的な理解だけでは、このリスクの大きさを正しく認識できません。

販売価格1,000円、仕入れ原価300円の商品を月に1,000個販売しているケースを想定します。
1個あたりの粗利は700円(粗利率70%)、月間の総粗利額は70万円です。

この商品を3割引きの700円で販売すると、1個あたりの粗利は400円(粗利率57%)に激減します。
では、値下げ前と同じ70万円の粗利を確保するには、何個売る必要があるでしょうか。

答えは1,750個です。
販売数を1.75倍にしなければ、同じ利益水準を維持することすらできません。
3割の値引きで、これほどまでに販売数を増やさなければなりません。
原価率が高い商品であるほど、値下げによる利益への影響は加速度的に大きくなります。

さらに見落としがちなのが、販売数増加に伴う梱包や発送といったコストの上昇です。
人件費や倉庫代も比例して増えていきます。
手間を増やして頑張って1.75倍売ったとしても、利益は減少するという最悪の事態に陥りかねません。

中小企業が選ぶべきは値上げという戦略

大企業のように、大規模な物流網や圧倒的な商品数で価格競争を仕掛けることは、リソースの限られた中小企業にとって現実的ではありません。
むしろ、そのような土俵で戦うこと自体が消耗戦を招き、事業の存続を危うくします。

体力勝負の価格競争に巻き込まれれば、最後に立っていられるのは資金力のある大手企業だけです。
私たちが同じ戦い方をする必要はありませんし、してはいけません。

では、私たちが選ぶべき道は何でしょうか。

その答えは値上げです。
ただし、ここでいう値上げとは、単に商品の価格を吊り上げることではありません。
自分の商品やサービス、そして自分自身を絶えず成長させ、その価値にふさわしい、より高いレベルの顧客とお付き合いさせていただくことを意味する戦略的な価格設計です。

価格を上げるということは、提供する価値を高めるということでもあります。
その努力なくして値上げだけを行えば、顧客は離れていくでしょう。
しかし価値の向上と価格の上昇を両立できれば、より良い顧客との関係を構築することが可能です。

売上1.5倍を目指すためには

現在、1万円の商品を月に100個販売し、月商100万円を達成しているとします。
ここから売上を1.5倍の150万円に伸ばしたい場合、次のどちらを選びますか?

ひとつは、1万円の商品を150個売る方法を考えること。
もうひとつは、1万5,000円の商品を100個売る方法を考えることです。

前者は販売数量を1.5倍にする必要があり、それに伴う労力やコストも増加します。
後者は提供する価値を高めて価格を上げることで、同じ販売数、同じ労力で売上目標を達成できます。

さらに言えば、2万円の商品を75個売るという発想こそ、中小企業が目指すべき方向性ではないでしょうか。

値上げを成功させるために必要な視点

値上げと聞くと、顧客が離れてしまうのではないかという不安が頭をよぎるかもしれません。
しかし、価格を上げても顧客が離れないケースは数多く存在します。

その違いはどこにあるのでしょうか。

ポイントは、価格に見合う価値を顧客に実感してもらえているかどうかです。
値上げの前に、まず自社の商品やサービスが顧客にどのような価値を提供しているのかを棚卸ししてみてください。
時間の節約、品質の向上、安心感の提供、専門知識へのアクセスなど、顧客が本当に求めているものは何でしょうか。

興味深いことに、価格が安すぎると逆に不安を感じる顧客層も存在します。
高い課題を抱える経営者ほど、安さよりも確実性や専門性を重視する傾向にあります。
価格を上げることで、そうした顧客層との出会いが生まれることも少なくありません。

値上げは一度に大幅に行う必要はありません。
段階的に価格を引き上げながら、顧客の反応を見極めていくアプローチも有効です。
大切なのは、価格の上昇と提供価値の向上を常にセットで考えることにあります。

自社の価値を問い直す

安易な値下げは、短期的な売上増と引き換えに利益構造を破壊し、顧客層を望まない方向へと変質させてしまいます。
それは結局のところ、自らの首を絞める行為に等しいといえます。

リソースの限られた中小企業が目指すべきは、自社の提供価値を絶えず高め、それにふさわしい価格を設定する戦略的な値上げです。
価格とは、あなたの会社が世の中に向けて発信するメッセージです。
そのメッセージが安売りであってはならないはずです。

値決めは、一度決めたら終わりという静的なものではありません。
市場環境の変化、競合の動向、そして何よりも自社の成長に合わせて、常に見直し、最適化し続けるべき動的な経営活動です。

まずは今の価格設定を振り返ってみてください。
その価格は、あなたの会社が提供している価値を正しく反映していますか。
もし安すぎると感じるなら、それは値上げのサインかもしれません。

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わかお税理士
税理士(税理士登録番号:140275)、国際認証MBA(経営学修士)、ファイナンシャル・プランナー

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