社長の不機嫌と駆け込み節税──会社を静かに蝕む二つの毒

経営者の皆さまは、決算が近づくとどこか落ち着かない気持ちになることはありませんか。
通帳の残高を見ては、もう少し税金を減らせないかと考え、顧問税理士に連絡し、慌てて何かを買おうとする。
そんな経験をお持ちの方は、決して少なくないはずです。
私は、この決算前の駆け込み節税と、社長が現場で見せる不機嫌な表情には、共通する性質があると考えています。
どちらも、時間が経つにつれて会社のお金と人間関係を静かに蝕んでいくということです。
今回は、この二つの毒がどのように会社を弱らせていくのか、そしてどうすれば健全な形に切り替えられるのかをお金と節税の観点からお伝えします。
社長の毛穴から出る見えない毒ガス
経営者が眉間にシワを寄せて現場に現れると、空気が一瞬で変わります。
言葉にはしなくても、社員は敏感にその雰囲気を察知します。まるで毛穴から見えない毒ガスが漏れ出しているかのようです。
この現象は、心理学では感情伝染と呼ばれています。
リーダーの感情表出がメンバーの感情やパフォーマンスに影響を与えることは学術的にも研究されており、特にネガティブな感情はポジティブな感情よりも伝染しやすく、集団の協調性を低下させることがわかっています。
社長の不機嫌が広がると、現場ではちょっとした変化が起こり始めます。
まず、社員が話しかけるのをためらうようになります。
報告すべきことがあっても後回しにしたり、本来なら相談したいアイデアを胸の内にしまい込んでしまったりします。
次に、スタッフ同士の小さな衝突が増えていきます。
ピリピリした空気は伝染しやすく、普段なら笑って流せるようなことでも、つい言葉がきつくなってしまいます。
そして最終的には、その空気がお客様にまで届いてしまいます。
接客の笑顔がどこかぎこちなくなったり、電話対応の声に元気がなくなったり。
お客様は言葉にしなくても、そうした微妙な変化を感じ取ります。知らず知らずのうちに売上のチャンスが失われていきます。
厚生労働省の調査でも、職場でパワーハラスメントが発生している企業では、従業員の意欲低下やメンタルヘルス不調による休職・退職が増加し、結果として企業の業績に悪影響を及ぼすことが指摘されています。
社長の不機嫌は、意図していなくてもハラスメントに近い空気を職場に生み出してしまうことがあります。
不機嫌の正体はお金の不安
では、なぜ社長は不機嫌になってしまうのでしょうか。
決して性格が悪いわけでも、社員に厳しくしたいわけでもないと思います。
その大きな原因のひとつは、お金の不安です。
今月の支払いは資金が足りているだろうか。
来月の入金は予定どおりだろうか。
来期の売上見込みはどうなるのか。
こうした心配事が頭から離れない状態では、人は誰でもトゲトゲしくなり、
余裕のある笑顔を見せる心のゆとりがなくなってしまいます。
人として当然の反応です。
中小企業庁の調査によると、2023年に休廃業・解散した企業のうち、直前の決算が黒字だった企業の割合は59.2パーセントにのぼります。
利益が出ていても、手元資金の不足によって事業継続を断念するケース、いわゆる黒字倒産は決して珍しいことではありません。
そして、このお金の不安の大きな波が来るタイミングが決算前です。
一年間の数字が確定し、納税額が見えてくるこの時期。ここで多くの経営者が陥ってしまうのが、駆け込み節税です。
決算前の駆け込み節税という落とし穴
決算が迫ってくると、こんな考えが頭をよぎることはありませんか。
税金で持っていかれるくらいなら、何か経費を使ってしまおう。
この発想自体は、経営者として自然な感覚かもしれません。
しかし、ここで一度立ち止まって考えていただきたいことがあります。
私は、節税を次のように定義しています。
納税額を減らして、手元の現金を増やすこと。
この定義に照らしてみると、決算前に慌てて行う多くの支出は、実は節税ではなくただの浪費であることがわかります。
具体的には、今期お金を使うことで、来期以降に、その金額以上の現金を生み出す見込みがない支出は、すべて浪費に該当します。
たとえば、本当に必要かどうかわからない備品を急いで購入したり、効果の薄い接待を増やしたり、内容をよく理解しないまま高額な保険やリースを契約したりする行為です。
数字で見る駆け込み節税の正体
少し具体的な数字で考えてみましょう。
ある会社に100万円の利益が出ていて、このままだと約30万円の税金がかかるとします。
社長は税金を払いたくないと考え、80万円分の備品を追加購入しました。
結果はどうなるでしょうか。
利益は100万円から20万円に減り、税金は約6万円になります。
たしかに、税金は30万円から6万円へと24万円減りました。社長は一瞬、得をした気分になるかもしれません。
しかし、手元の現金はどうでしょうか。
もともと、100万円の利益から30万円の税金を払っても、70万円は手元に残るはずでした。
ところが、80万円の備品を買い、6万円の税金を払った結果、手元に残るのはわずか14万円です。
70万円残るはずのお金が、14万円になってしまった。
これが、駆け込み節税の正体です。
税金を24万円減らすために、手元現金を56万円も失っています。先ほど触れた黒字倒産の統計を思い出してください。利益が出ていても現金がなければ会社は続けられません。
駆け込み節税は、まさにその危険な状態を自ら招く行為といえます。
浪費が習慣になる恐ろしさ
この駆け込み節税には、もう一つ厄介な性質があります。
それは、この行動が成功体験として社長の頭に刻まれてしまうことです。
経費で落とせたから得をした。税金を減らせたから賢い判断だった。
こうした感覚を一度覚えてしまうと、毎年同じことを繰り返すようになります。
決算が近づくたびに何かを買い、経費を積み上げ、一時的な満足感を得る。
この繰り返しによって、会社全体がお金を使う体質、つまり低収益体質に固定されていきます。
財務省の統計によると、企業の内部留保は増加傾向にあり、2023年度の全産業の利益剰余金は過去最高を更新しました。
コロナ禍や物価高騰を経験し、企業が不測の事態に備えて手元資金を厚くする傾向が強まっています。
このような堅実な経営を続ける企業と、駆け込み節税を繰り返す企業との差は、年々広がっていくと考えられます。
経費を使う節税からお金を生む節税へ
では、どうすればこの悪循環から抜け出せるのでしょうか。
ポイントは、発想を切り替えることです。
経費を使って税金を減らすという考え方から、お金を生み出す仕組みとして節税を設計し直すという考え方への転換が、健全な節税経営の出発点となります。
経費を使って節税をするなら、今期お金を使うことで、来期以降に、その金額以上の現金を生み出す見込みがある支出に絞りましょう。
「今期=種まき」「来期以降=収穫」という構造を意図的につくるのです。
将来の売上につながる投資に絞る
お金を使うのであれば、それが将来の売上や利益につながるものかどうかを吟味します。
たとえば、リピート客を増やすための仕組みづくり、顧客管理システムの導入、現場の生産性を高めるIT投資などが該当します。
支出前にリターンを言語化する
何かを購入する前に、このお金はいつ、どれくらいの現金になって戻ってくるのかを自分の言葉で説明できるかどうかを確認します。
説明できないものは、衝動的な浪費である可能性が高いです。逆に、明確に説明できるものは、投資として前向きに検討する価値があります。
人への投資という視点も忘れない
経済産業省は、人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる人的資本経営を推進しています。
人材育成への支出をコストではなく投資と定義し直す動きが、国レベルで加速しています。
この流れを受けて、令和6年度からは賃上げ促進税制が大幅に強化されました。
赤字企業でも賃上げの恩恵を受けられるよう繰越控除措置が新設されており、単なる節税ではなく、従業員の幸福度向上と企業の持続的成長を同時に実現する設計となっています。
社員の給与を上げることが、そのまま節税にもつながる時代になっています。
社長の本当の仕事とは
社長の本当の仕事は、今日いくら経費を使うかを考えることではありません。
会社の未来のお金をどうやって増やすかを設計することです。
お金の不安を消すように節税を設計していけば、自然と気持ちに余裕が生まれます。
余裕が生まれれば、現場で見せる表情も変わってきます。
毛穴から出るのは毒ガスではなく、周囲を明るくするご機嫌オーラになるはずです。
決算前に焦りを感じたら
最後に、一つだけ覚えておいていただきたいことがあります。
決算前に節税しなきゃと焦りを感じたら、何か買わなければと慌てる前に、まず一呼吸おいてください。
そして、こう自問してみてください。
この支出は、税金を減らすだけでなく、将来の現金を増やす設計になっているだろうか。
この問いかけを習慣にするだけで、不機嫌と浪費の連鎖を断ち切る第一歩を踏み出すことができます。


