新規客を追うほど判断力が落ちる?ハーバードの研究が明かす「安心して眠れる経営」の作り方

はじめに:リピーターが経営者を不安から救う
夜中にふと目が覚める。
頭の中をぐるぐると駆け巡るのは、来月の資金繰りや従業員の給料、そして売上のことばかり。
あといくら売れば、来月を乗り切れるのだろう。
もしあの大口契約が取れなかったら、いったいどうなってしまうのか。
中小企業の経営者であれば、こんな夜を過ごした経験が一度や二度はあるのではないでしょうか?
もしかすると今まさにその渦中にいらっしゃる方も少なくないかもしれません。
経営者というのは孤独なものです。
誰にも弱音を吐けず、すべての責任を一人で背負い込んでしまいがちです。
行動経済学の研究では、金銭的な不安や時間的な余裕のなさが、人間の認知能力を著しく低下させることがわかっています。
そして、この脳のパフォーマンス低下を食い止め、あなたに安らかな眠りと冴え渡る頭脳を取り戻してくれるのが、リピーター、つまり常連客の存在です。
本記事では、売上の安定がもたらす経営者のメンタル改善こそが、リピーター戦略における大きな投資対効果のひとつであるという、少し意外な、しかし極めて本質的なお話をさせていただきます。
お金の不安があると、人は本来の力を発揮できなくなる
ハーバード大学のセンディル・ムッライナタンらの研究チームが提唱した欠乏の心理学という理論をご存知でしょうか?
これは、お金がない、時間がないといった何らかの欠乏状態に陥ると、人間の脳はそのことだけで頭がいっぱいになってしまい、その他の処理能力が劇的に低下するというものです。
一晩徹夜したのと同じくらい判断力が落ちる
研究によると、金銭的な不安を抱えているときの人間の知能指数は、最大で13~14ポイントも低下することがわかっています。
これは一晩徹夜した後の状態に匹敵するパフォーマンス低下だそうです。
つまり、資金繰りに追われているときのあなたは、本来のあなたではありません。
いわば寝不足の状態で、会社の運命を左右する重要な決断を下そうとしているようなものです。
そう考えると、少し恐ろしくなりませんか?
視野が狭くなって、本当は避けたいはずの判断をしてしまう
さらに、欠乏状態はトンネリングという現象を引き起こします。
トンネルの中に入ったように視野が狭くなり、目の前の緊急課題だけしか見えなくなってしまいます。
トンネリングに陥った経営者は、長期的には絶対に損だとわかっているはずの判断を、つい選んでしまうことがあります。
たとえば、目先の現金欲しさに無理な値引きをしてブランドを傷つけてしまう。
品質に問題がある仕事を、焦って引き受けてしまう。
重要な社員との対話を後回しにして、離職を招いてしまう。
高金利の借入に手を出してしまう。
こうした判断は、決してその人が愚かだから起こるわけではありません。
脳のリソースが不安に食いつぶされて、冷静な計算ができなくなっているから起こる悲劇です。
あなたにも心当たりはないでしょうか?
リピーターは心の安定をもたらしてくれる存在
では、どうすればこの欠乏の罠から抜け出せるのでしょうか?
売上を増やせばいいのでは、と思われるかもしれません。
しかし、単に売上を増やすだけでは十分ではありません。
今月は良くても来月はどうなるかわからないという状態では、脳の緊張状態は解放されません。
必要なのは予測可能性です。
ここで、リピーター戦略が決定的な役割を果たすことになります。
狩猟型から農耕型のビジネスへ
新規顧客の獲得は、いわば狩猟のようなものです。
獲物が取れる日もあれば、取れない日もあります。この不確実性が、脳に強烈なストレスを与え続けます。
一方、リピーターによる売上は農耕に近いといえます。
種をまいて水をやれば、ある程度決まった時期に決まった収穫が見込めるからです。
来月も、あの常連さんたちは来てくれるだろう。
毎月一定額は、継続契約で確実に入ってくる。
この来月の売上が見えているという安心感こそが、経営者の脳から欠乏のシグナルを消し去るスイッチになります。
社長のご機嫌は会社全体に影響する
リピーターによってもたらされる経営者の精神的余裕は、とても大きな意味を持ちます。
経営者がご機嫌な状態です。
社長がご機嫌かどうかなんて個人の問題だろうと思われるかもしれません。
でも実は、これは組織全体のパフォーマンスを左右する極めて重要な要素です。
感情は周りに伝染していく
脳科学にはミラーニューロンという発見があります。
人間は無意識のうちに、目の前の相手の感情を鏡のように模倣してしまう性質を持っているそうです。
経営者がピリピリと不安そうにしていれば、そのストレスは瞬く間に幹部へ、そして現場の社員へと伝染していきます。
不安に支配された組織はどうなるでしょうか?
失敗を恐れてチャレンジしなくなります。
上司の顔色ばかり伺うようになります。
これでは豊かな発想など生まれるはずもありませんよね。
逆に、社長がどっしりと構えてご機嫌であれば、組織全体に心理的安全性が生まれます。
社員はのびのびと能力を発揮できるようになるでしょう。
じっくり考える力を取り戻す
行動経済学者のダニエル・カーネマンは、人間の思考には2つのモードがあると説いています。
ひとつは直感的で感情的な速い思考です。
もうひとつは論理的で分析的な遅い思考になります。
経営における重大な意思決定、たとえば新規事業の立ち上げや投資、人事などは、本来じっくりと考える遅い思考で行うべきものです。
しかし、この遅い思考を動かすには多大な精神的エネルギーが必要になります。
不安やストレスで脳が疲弊していると、じっくり考えることができず、短絡的な判断を下してしまいがちです。
リピーターからの安定収益によって余裕を持つということは、じっくりと考える時間とエネルギーを確保することと同じ意味を持ちます。
3年後の市場はどうなるか? 今のうちにどんな手を打つべきか?
こうした未来への投資となる思考は、社長がごきげんで心に余裕があるときにこそ生まれてくるものです。
安眠を手に入れるための3つのステップ
では、今日からどのようにして眠れる経営へとシフトしていけばよいのでしょうか?
行動経済学的なアプローチで3つのステップを提案させていただきます。
ステップ1:売上目標からLTV目標へとKPIを変える
毎月の総売上ばかり見ていると、どうしても一喜一憂してしまいます。
ここで視点を変えてみましょう。
顧客一人あたりが生涯でどれだけ利益をもたらしてくれるかというLTV(ライフタイムバリュー)を、経営の最重要指標に据えてみてください。
今月の売上が足りないと焦るのではなく、今月獲得した顧客は将来これだけのLTVを生むはずだと考える。
長期的な視点を持つことで、目先の変動に対する脳の過剰反応を抑えることができます。
数字の見方をほんの少し変えるだけで、気持ちの持ちようはずいぶん違ってくるものです。
ステップ2:ベース売上の自動化を図る
あなたのビジネスに、自動的に発生する売上(ベース売上)を組み込めないか検討してみてください。
IT企業でなくても十分に可能です。
たとえば、飲食店なら常連パスポートのような月額課金制度が考えられます。
美容室であれば次回予約制度を徹底することで、来月の売上がある程度見えるようになるでしょう。
小売店なら定期配送サービスという選択肢もあります。
さらに、毎回、買いますかと聞くのではなく、解約しない限り届きますという仕組みを作ることで、売上の予測可能性は飛躍的に高まります。
ステップ3:小さなつながりを可視化する
不安を感じるときは、数字ではなく人の顔を思い出してみてください。
リピーターリストを見直して、彼らがどれだけ長く付き合ってくれているかを確認してみましょう。
人間にはポジティブな情報よりもネガティブな情報に注目しやすいバイアスがあります。
放っておくと、去っていったお客様のことばかり考えてしまいがちです。
だからこそ、意識的に残ってくれているお客様に目を向けることが大切になります。
これだけの人が当社を支持してくれているという事実は、社会的証明として機能します。
経営者の揺らぐ自信を支える強力な柱となってくれるはずです。
あなたの会社には、長年付き合ってくださっているお客様が何人いらっしゃいますか?
おわりに:あなたの心を守ることは、会社を守ること
ビジネス書ではよく顧客第一、従業員第一と言われます。
もちろんそれは正しい考え方でしょう。
しかし、あえて言わせてください。
中小企業においては、まず経営者第一であるべきではないでしょうか?
経営者が倒れたら、会社は終わりです。
経営者が不安で判断を誤れば、社員も顧客も困ってしまいます。
だからこそ、経営者は自分のメンタルを気合いで管理するのではなく、仕組みで守る必要があります。
リピーターが増えるということは、単に儲かるということではありません。
それは、あなたが枕を高くして眠れるようになるということです。
休日に仕事のことを忘れて、家族と心から笑えるようになるということです。
そして月曜日の朝、さて今週はどんな面白いことを仕掛けようかとワクワクしながら出社できるようになるということでもあります。
もし今、あなたが売上の不安で眠れない夜を過ごしているなら。
どうか新規客を追いかける足を少し止めて、今いるお客様の方を向いてみてください。


