お客様が浮気しない本当の理由は「面倒くさい」だった

突然ですが、社長に質問があります。
御社のお客様は、なぜ御社から買い続けてくれているのでしょうか。
「ウチの商品を気に入ってくれているから」
「スタッフの対応が良くて、ファンになってくれたから」
そう答える方は多いかもしれません。
もちろん、商品への愛着やスタッフへの信頼は大切な要素です。
ただ、長年多くの会社の浮き沈みを見てきた立場から申し上げると、「好き」という感情だけに頼るのは少し心許ないところがあります。
なぜなら、「好き」は移ろいやすいからです。
より安い商品、より新しいサービス、より魅力的な競合が現れれば、お客様の気持ちは簡単に動いてしまいます。
では、本当にお客様を繋ぎ止めているものは何でしょうか。
私がこれまで見てきた安定経営を続ける会社には、ある共通点がありました。
それは、お客様に「他社に乗り換えるのが面倒だ」と感じてもらえる仕組みを持っていることです。
今日は、人間の本能的な「面倒を避けたい」という心理を味方につけて、お客様と長くお付き合いを続けるための考え方についてお伝えします。
税理士を変えない理由
身近な例から始めてみましょう。私自身の業界である税理士の話です。
税理士を変更する会社はそれほど多くありません。
では、すべての社長が今の税理士に心から満足しているかというと、必ずしもそうではないでしょう。
多くの社長の本音は、おそらくこんな感じではないでしょうか。
「今の先生に特別な不満があるわけではない。もっと良い先生がいるかもしれないけれど……変えるのが面倒だ」
新しい税理士を探して、面談して、過去の決算書を渡して、会社の事情を一から説明する。
想像しただけで、気が重くなりませんか。
「まあ、今のままでいいか」となるのは自然な反応です。
これがスイッチングコスト、つまり切り替えコストと呼ばれるものの正体になります。
金銭的なコストだけではありません。
手間、時間、精神的な労力。これらが高いほど、お客様は他社へ流れにくくなります。
経営が安定している会社は、この「面倒くさいの壁」を高く築いています。
お客様に「御社以外と取引するなんて、考えただけで億劫だ」と感じてもらえる仕組みを持っているわけです。
点で売るか、線で繋がるか
この仕組みを作る上で大切な考え方があります。
それは、お客様との関係を「点」ではなく「線」で捉えることです。
多くの会社は、商品を「点」で売っています。
「テレビをお買い上げいただき、ありがとうございました」で終わりです。
次にそのお客様が何かを欲しくなった時、御社を選んでくれる保証はどこにもありません。
一方で、お客様との関係を「線」として設計している会社は違います。
「テレビを買った」という事実を起点にして、その先に続くお客様の暮らしを想像します。
たとえばこんな流れです。
テレビをご購入いただいて3か月後、映画の音響に物足りなさを感じ始める頃に、シアターバーをご案内する。
1年後、長時間の映画鑑賞で腰が疲れる頃に、お部屋に合うリクライニングチェアをご提案する。
3年後、最新の映像コンテンツを楽しむための周辺機器をお知らせする。
このように、購入後に生まれるであろう不満や欲求を先回りするです。
御社のビジネスでも、同じことが言えないでしょうか。
こうした提案を重ねていくと、お客様との間に単なる売り買いを超えた関係性が生まれます。
「このお店は、私がいつテレビを買って、どんな映画が好きで、腰が弱いことまで知っている」
ここまで関係が深まると、他社が入り込む隙間はほとんどなくなります。
なぜ人は「いつものお店」を選ぶのか
この考え方の背景には、人間の脳の仕組みがあります。
脳科学の世界では「認知的負荷」という言葉が使われますが、簡単に言えば、脳は「考えること」を負担に感じるということです。
新しいお店で買い物をする時、私たちの脳はフル回転しています。
「この店員さんは信用できるか」「商品の品質は確かか」「アフターサービスはどうか」。
こうしたことを確認するのは、情報過多で選択肢が無数にある現代社会においては、思った以上にエネルギーを使います。
一方、すでに関係ができている「いつものお店」との取引は、脳を使わずに済みます。
「いつものお願いします」「お任せで大丈夫です」
この「考えなくていい状態」こそが、お客様にとって実は最も心地よい状態です。
お客様の情報を預かることの価値
お客様のデータや履歴を預かることは、現金を預かるのと同じくらい価値があります。
美容室を例に挙げてみましょう。
髪を切る技術だけなら、どこのお店でも代替できます。
しかし、長くお付き合いのある美容室には、お客様の「髪の履歴」が蓄積されています。
「前回は3か月前にカラーをしましたね。そろそろ色が抜けてくる頃なので、今回はダメージが少ないトリートメントを入れましょう」
この提案ができるのは、過去のデータを持っているからです。
お客様からすれば、新しい美容室で一から説明するのは面倒に感じるでしょう。
だから、多少価格が高くても「いつもの美容室」に足を運びます。
御社のビジネスにおいて、お客様が「他社に説明するのが面倒だ」と感じる情報は何でしょうか。
好みのサイズ感、社内の決裁ルートの癖、過去のトラブル履歴。
それらを丁寧に蓄積して、「言わなくても分かってくれる」状態を作ることが、お客様を離さない仕組みになります。
経営者の心を軽くする「読める売上」
リピートの仕組みが完成すると、経営はどう変わるでしょうか。
新規のお客様を獲得するには、広告宣伝費がかかります。
しかし、すでに関係のあるお客様に次の商品をご案内するコストは、メール一通程度で済みます。
関係が深まれば深まるほど、利益率は上がっていきます。
そして何より、社長の精神的な負担が軽くなります。
「来月も、あのお客様がいつもの流れで発注してくれるだろう」
この「読み」が立つことが、どれほど経営者の心を軽くするか。
毎月「今月はいくら売れるか分からない」という不安と戦うのは、想像以上に精神を消耗します。
リピートの仕組みによる「計算できる売上」は、社長に余裕を与えます。
その余裕が従業員への優しさになり、新しい事業への挑戦意欲を生むのです。
長く続く関係を目指して
目指すのは「あなたのことはよく分かっているし、今さら他を探すのも面倒だから、これからもよろしく」という、熟年夫婦のような落ち着いた関係性です。
これこそがお互いにとって最もストレスがなく、長続きする関係だと私は考えています。
お客様にとっては、何も言わなくても自分のことを理解してくれて、適切なタイミングで必要なものを提案してくれる安心感があります。
企業にとっては、広告費をかけずに、安定して利益をもたらしてくれる収益基盤ができます。
このWin-Winの関係を築くために、ぜひ以下の問いを考えてみてください。
御社の商品は「点」で終わっていないか。「線」になっているか。
お客様が他社に乗り換える際、「面倒だ」と思ってもらえるだけのデータを蓄積できているか。
お客様が「次に何が必要か」に気づく前に、御社は答えを用意できているか。
もし、まだ「点」で勝負しているなら、今日から「線」への設計図を描き始めてみてください。


