退職金4億円が裁判で半分に!? 中小企業の社長が知っておきたい功績倍率の話

中小企業の経営者の皆様は、会社を立ち上げてから今日まで、資金繰りに頭を悩ませ、従業員の生活を守り、まさに身を粉にして頑張ってこられたのではないでしょうか。
そんな皆様が、引退するときにはしっかり退職金を受け取りたい、できれば会社の経費にして節税もしたいと考えるのは、ごく自然な気持ちです。
長年の苦労に報いる正当な権利とも言えるでしょう。
ところが、ここに思わぬ落とし穴があります。
役員退職金は、社長が望む金額をそのまま自由に経費にできるわけではありません。
今回は、退職金の計算で最も大切な功績倍率の考え方と、実際の裁判で何が起きたのかについて、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
役員退職金には経費にできる上限がある
まず大前提となる法人税のルールを押さえておきましょう。
法人税法第34条第2項では、役員に支給する給与のうち、不相当に高額な部分は経費(損金)に算入しないと定めています。
さらに、何が不相当に高額にあたるかという具体的な判定基準は、法人税法施行令第70条第2号に委ねられています。
この施行令では、その役員が業務に従事した期間、退職の事情、同じ業種で似た規模の会社の支給状況などを総合的にみて判断すると書かれています。
皆様はこのルールの存在をご存じでしたか?
要するに、同業他社の相場と比べて明らかに高すぎる退職金は、超えた分の経費が認められず、あとから税金をかけ直されてしまうという仕組みです。
では、その高すぎるかどうかを、具体的にどう計算するのでしょうか。
功績倍率法とは? 退職金の適正額を決める計算式
役員退職金が適正かどうかを判断するとき、税務の世界で広く使われているのが功績倍率法という計算方法です。
式はとてもシンプルで、次の3つをかけ算します。
最終報酬月額 × 役員としての勤続年数 × 功績倍率
この計算式で出てきた金額が、税務署から指摘を受けにくい退職金の目安になります。
ここで重要になるのが、3つ目の功績倍率という数字です。
これは、同じ業種で似た事業規模の会社(類似法人と呼びます)を集めて、その平均値を算出したものになります。
多くの経営者様がつまずくのが、まさにこのポイントです。
自分は他の社長より圧倒的に頑張ったのだから、功績倍率が高くても問題ないはずだと思いがちですが、この考えがいかに危険か、実際の裁判で見てみましょう。
退職金4億円が半分に減額された裁判例
ここからご紹介するのは、東京高等裁判所で平成30年4月25日に判決が出た、非常に有名な事例です。
会社側の主張と計算式
この事案の元代表取締役(以下、Aさんとします)は、昭和42年に事務職として入社しました。
その後、昭和56年に取締役に就任し、平成15年に代表取締役となっています。
平成20年10月にAさんが亡くなったことにより退任となりました。
会社側は、社内の役員退職慰労金規程に基づいて計算を行いました。
最終月額給料240万円に、取締役就任からの在任期間27年をかけ、さらに役員倍数5倍と功労加算1.3をかけた結果、退職金は約4億2,000万円となりました。この全額を経費として申告しています。
ここで注目していただきたいのが、この計算式を単純な功績倍率に換算すると6.49倍になるという点です。
この数字が高いのか低いのか、この時点ではピンとこないかもしれません。
税務署はどう判断したか
税務署は、この退職金は高すぎるとして更正処分(税金計算のやり直し)を行いました。
税務署側が適正と考えた功績倍率は3.26倍です。
これを計算式にあてはめると、240万円 × 27年 × 3.26倍で約2億1,124万円となります。
つまり、会社が申告した金額のおよそ半分しか経費として認めないという厳しい判断でした。
裁判所の判断は真っ二つに割れた
この処分に納得できなかった会社は裁判を起こします。
ここからの展開が、この事例の最も注目すべきポイントです。
まず第一審の東京地裁では、Aさんが借金の完済や売上増加、経営者の世代交代の橋渡しなどに相応の功績を残していたと一定の評価をしました。
そこで、税務署が算出した平均功績倍率3.26に、その半数を上乗せした4.89倍(約3億1,687万円)までなら経費にしてよいという判決を出しています。
経営者にとってはホッとする結果だったでしょう。
ところが、第二審の東京高裁で状況は一変します。
高裁は、Aさんが経理や労務管理を担当し、約8億円の債務完済に貢献した事実は認めました。
しかし、その貢献の具体的な内容や程度は必ずしも明らかではないと指摘しています。
さらに、同業類似法人と比べて極めて特殊な事情があったとまでは認められないと結論づけました。
その結果、地裁が認めた4.89倍という判断は退けられ、税務署が当初主張した3.26倍に基づく処分が正しいとされました。
つまり約2億円が経費として認められず、その分の追徴課税が確定したことになります。
この判決は最高裁でも覆りませんでした。
社長の功績倍率、相場はどれくらいなのか
この裁判から読み取れる最大の教訓は、社長個人の主観的な頑張り(借金を返した、売上を増やしたなど)は、客観的なデータの前ではほとんど考慮されないということです。
皆様の功績倍率が世間一般でどの程度か、気になりませんか?
実はこの裁判の中でも、製造業を中心とした以下の公刊資料が引用されています。
TKC全国会発行の資料では、売上高が同規模の製造業で社長の平均功績倍率は2.36でした。
日本実業出版社の資料でも、社長の平均功績倍率は2.36とされています。
さらに政経研究所の資料では、社長の平均功績倍率が2.3、中位数(全体のちょうど真ん中の値)は1.8という結果が示されていました。
こうして見ると、中小企業の社長の功績倍率は一般的に2.3倍前後、中央値でいえば1.8倍というのが実態です。
税務署が算出した3.26倍ですら、相場から見れば高めの数字だったことがおわかりいただけるでしょう。
自社を守り抜いた、人生を賭けて会社を大きくしたという自負は、痛いほどよく理解できます。
しかし、その思いだけで相場の2倍、3倍の退職金を支給してしまうと、税務調査で不相当に高額と否認され、多額の追徴課税という最悪の結果につながりかねません。
退職金で損をしないために今からできること
感覚や感情に頼らず、データとルールに基づいた準備を進めていけば、適正な退職金を堂々と受け取ることができます。
具体的には、次の4つのステップを踏むことをお勧めします。
ステップ1:役員退職慰労金規程を整備する
まずはルール作りから始めましょう。
株主総会の決議に基づいて支給すること、計算式(退任時の報酬月額 × 役員在任期間 × 功績倍率など)を明確に定めておくことが大切です。
あとから作ったと言われないよう、早めの整備をお勧めします。
ステップ2:客観的データを集める
自社と同じ業種、同じくらいの規模の類似法人が、どれくらいの功績倍率で退職金を支給しているのか、公刊資料などを使って事前に調べておきましょう。
このデータが、万が一のときに自社の退職金が適正であることを示す最大の根拠になります。
ステップ3:功労加算は慎重に扱う
退職慰労金規程に、特別な功労があった場合は加算するという条項を設けること自体は問題ありません。
しかし、先ほどの裁判例が示すとおり、その加算を実際に行使するには、誰が見ても納得できる極めて特殊な事情の客観的な証拠が必要です。
基本的には平均功績倍率の範囲内に収めておくのが最も安全な選択と言えます。
ステップ4:株主総会議事録を残す
支給額をどういう計算式で決めたのか、その根拠を記載した書類を添付し、正式な手続きを経た記録をしっかり残しておきましょう。
税務調査では、こうした手続きの透明性が非常に重視されます。
まとめ:感情ではなくデータで判断しましょう
役員退職金は、金額が大きいだけに税務署のチェックも格段に厳しくなります。
社長の俺がルールだという感覚のままで退職金を決めてしまうと、あとから手痛い追徴課税を受けることになりかねません。
大切なのは、客観的なデータに基づいて適正な金額を設定し、正式な手続きを踏んで記録を残すことです。
この準備こそが、結果として最も確実で、最もお金が手元に残る節税になります。
退職金のことは引退が近づいてから考えればいいと思っている方も多いかもしれません。
しかし、準備は早ければ早いほど選択肢が広がります。
今日この記事を読んだことをきっかけに、まずは自社の退職慰労金規程を見直すところから始めてみてはいかがでしょうか。


