役員退職金に保険は不要?経営者が知るべき『手元資金』と『出口戦略』の真実

「役員退職金の準備のために、生命保険に入りましょう。解約した時に利益が出ますが、退職金を払えば相殺されるので税金はかかりません」

会社経営をしていると、必ずと言っていいほど耳にするこのセールストーク。
一見、理にかなっているように聞こえます。
しかし、財務の視点から冷静に計算すると、ここには大きな論点のすり替えが隠されています。

結論から言えば、退職金と保険を組み合わせることで節税はできません。(一部の例外を除く)

今回は、あえて保険に頼らない退職金準備と、社長の手取りを最大化するための財務戦略について、数字に基づいてご説明します。

目次

「解約益を退職金で打ち消す」という論点のすり替え

まず、保険営業でよく語られる「出口の利益は退職金で相殺できるから、実質無税で蓄財できる」というロジック。
これがなぜ「すり替え」なのかを解説します。

トータルで見れば「何もしない」のと同じ

法人税の税率が変わらないと仮定した場合、保険期間全体(入り口から出口まで)を通して見れば、納税額は変わりません。

【典型的な流れ】

  1. 契約期間中
    掛金を経費にして、税金を減らす。
  2. 契約解約時
    解約返戻金が利益になり、本来なら税金がかかる。
  3. 相殺(営業トーク)
    「でも、退職金を払えば経費になるので、解約益にかかる税金は消えますよ!」

ここで立ち止まって考えてください。
適正額の退職金であれば、保険に入っていようがいまいが、全額が会社の「経費(損金)」になります。
よって、基本的には保険に入ることでトータルの利益額が変わることはありません。
トータルの利益額が変わらないのであれば、納税額も変わりません。

変わるのは経費(損金)になるタイミングと資金繰りです。(資金繰りについては後述)

  • 退職金を退職前に保険料という形でコツコツ経費に落とすか(保険に入った場合)
  • 退職金を退職時に退職金という形で一気に経費に落とすか(保険未加入の場合)

保険の有無による本質的な違いは、これだけです。
 

  • 保険ありの場合
    毎年保険料という「それなりの額の経費」を発生させて税金が安くなります。
    最後に退職金という「巨額の経費」を、保険の解約益という「自分で作った巨額の利益」を打ち消すために使います。
  • 保険なしの場合
    退職金支払い時に「巨額の経費」が発生し、その年の本業の利益を大幅に圧縮(または赤字化)し、税金が安くなります。
    その年が赤字になれば、その赤字は翌年以降の黒字と相殺でき、翌年以降の税金が安くなります。
     

このように「毎年コツコツとマイナス(保険料)を作って、最後の大きなプラス(解約益)を大きなマイナス(退職金)で消す」のと、「最後に大きなマイナス(退職金)を作る」のとでは、トータルの利益計算において違いはありません

つまり「-20-20-20-20-20」「+100」「-100」「-100」の計算結果は、同じ「-100」であるということです。

10年間の役員報酬 vs 1億円の退職金:正解は納税額だけでは出せない

保険の有無は一旦さておき、経営者の出口戦略を考える際、よく比較されるのが「役員報酬でコツコツ取るか」「退職金でドカンと取るか」という議論です。

ここでは、「税金の損得」と「人生の価値」という2つの異なるモノサシで比較してみましょう。

【税金の視点】手取り額は退職金の圧勝

まず、手元に残る金額だけで計算すると、退職金が圧倒的に有利です。

スクロールできます
項目毎年1,000万円を上乗せ × 10年(給与)退職時に一括 1億円(退職金)
受取総額1億円1億円
税金・社会保険料累進課税+社会保険料(重い)分離課税+控除+1/2課税(軽い)
ざっくりの手取り感約6,000〜7,000万円約7,000〜8,000万円
判定▲ 手取りは減る◎ 手取りは最大化される

とにかく税金を払いたくない」「老後の資産を最大化したい」という一点においては、役員報酬を抑えて退職金に先送りするのが正解です。

【価値観の視点】今もらえる1,000万円の価値は重い

しかし、経営者の人生は手取りの最大化が全てでしょうか?
ここでライフスタイル貨幣の時間的価値という視点が必要になります。

役員報酬(現役時代)で受け取る意味

  • 使うタイミング:
    体力も気力も充実している40代・50代で使えるお金です。
  • 用途
    子どもの教育、家族との旅行、自己投資、新たな人脈作りなど、今しかできない体験に投資できます。
  • 時間的価値
    今日の1,000万円は、インフレリスクを考慮すれば、20年後の1,000万円よりも価値が高いと言えます。また、その資金を個人で運用に回せば、退職時までに個人資産を増やせる可能性もあります。

退職金(勇退後)で受け取る意味

  • 使うタイミング
    60代・70代以降、現役を引退してから手にするお金です。
  • 用途
    老後の安心、医療・介護費、相続対策などがメインになります。
  • リスク
    現役時には報酬を抑えて生活レベルを落とし、お金はあるけど使う体力がないという状態で老後を迎えるリスクがあります。

結論:バランスなき節税は人生を貧しくする

「毎年の1,000万円(手取り600万円×10年)」と「将来の1億円(手取り7,000万円)」

数字上は退職金が得ですが、「現役時代のQOL(生活の質)を犠牲にしてまで、老後の通帳残高を増やしたいか?」と問われれば、答えは人それぞれです。

重要なのは、「退職金は税制優遇されているから」という理由だけで思考停止し、本来なら現役時代に使って楽しむべきキャッシュフローまで全て先送りしてしまうことの是非です。

ご自身のライフスタイルに合わせて、最低限の生活費+αは報酬でしっかり取り、贅沢分や老後資金は退職金に回すといった最適なバランスを見つけることが、ファイナンシャルプランニングを伴った節税です。

内部留保 v s保険:キャッシュこそ最強の武器

話を保険の話に戻します。
ここではもうひとつの論点である資金繰り面から検討します。
退職金の原資を内部留保で貯めるのと、保険で貯めるのと、資金繰り的にはどちらが良いのか。

中小企業の資金繰りにおいて重要なのは、必要な時に十分な額のキャッシュが用意できることです。
つまり、資金の流動性(使い勝手)の高さです。

この点において保険は現金に劣ります。

税引後キャッシュ(内部留保)の強み

法人税を支払った後の資金は、誰にも文句を言われない自由な資金です。

  • 設備投資、新規事業、人材採用に即座に使える。
  • 突発的な赤字や銀行融資の返済に使える。
  • 決算書上の自己資本が厚くなり、銀行格付け・新規取引の信用調査が有利になる。

固定費(保険料)のリスク

一方、保険は資金の固定化を招きます。

  • 業績が悪くなっても保険料の支払いは続く(資金繰り悪化の要因)。
  • 途中で解約すれば解約返戻率が低くなり、大きな損をする。
  • インフレになっても返戻金の額面は増えない(実質価値の目減り)。

 

いつ何が起こるかわからない時代に、わざわざ資金を固定化してまで、効果がプラマイゼロの対策をする必要があるでしょうか?

万が一の保障に「差額」分の価値はあるか

「解約返戻率が100%を割っても(例:85%)、万が一の死亡保障があるから経費として納得できる」

そう考える方もいるでしょう。

しかし、その「目減りする数百万円〜数千万円」があれば、掛け捨ての安い保険に入り、残りを事業投資や内部留保に回した方が、結果として会社も家族も守れるのではないでしょうか?

保障は「掛け捨て」でコストを最小化し、貯蓄は「事業(内部留保)」で行うのが最も効率的です。

【大逆転】自分の代で「廃業」するなら、話は180度変わる

ここまで「保険は不要」と論じてきましたが、前述のロジック(解約益と退職金の相殺は無意味)には、例外があります。

それは、自分の代で会社をきれいに畳む(廃業する)場合です。

なぜ廃業時は保険が有効なのか?

現金で貯めて廃業に突入すると、以下の問題が起きます。

  1. 廃業年度の決算
    1億円の退職金を支給し、巨額の赤字(欠損金)が発生する。
  2. 過去の税金
    すでに納税済みであり、一部(前年度分)を除いて還付されない。
  3. 結果
    「最後に作った巨額の経費(退職金)」をぶつける相手(翌年以降の黒字)がおらず、経費が切り捨てられて無駄になる。

この時は保険が役立ちます。

保険の解約益(プラス)を廃業年度に出現させ、退職金(マイナス)とぶつけることで、現役時代に経費計上して繰り延べてきた利益と退職金を相殺できます。

これにより、「本来なら切り捨てられてしまうはずだった退職金経費」を、実質的に過去の利益と相殺させた(過去の税金を取り戻した)のと同じ効果が得られます。

  • 会社を続ける(親族承継・M&A)なら: 無理な保険より「キャッシュ」が最強。
  • 会社を畳む(廃業)なら: 赤字切り捨てを防ぐために「保険」が有効。
  • 未定なら:誰かに譲りたいか、会社を畳みたいかで判断。

会社を畳む場合でも、勇退までのキャッシュフローに不安があるなら保険は見送る。

これが、出口戦略から逆算した正しい判断基準です。

まずは倒産防止共済から

廃業を見据えるにしても、いきなり民間の保険に入る前に、国の制度である「経営セーフティ共済(倒産防止共済)」を使い切りましょう。

  • 全額損金
    年間240万円(全期間累計800万円)まで経費化できる。
  • 100%戻る
    40ヶ月以上の納付で元本割れなし。
  • 資金の流動性
    解約が容易で、資金が必要なときには借入もできる。

まずはこれを満額まで。
民間の保険は、それでも利益が余り、かつ廃業時の赤字切り捨てが懸念される場合の次の一手です。

まとめ

  • 論点のすり替えに注意
    退職金は保険がなくても経費になる。「相殺できるからお得」な訳ではない。
  • 基本戦略
    保険で資金を固定化するより、税金を払ってでも「自由な現金」を持つ方がリスクに強い。
  • 例外戦略
    「廃業」する場合には、退職金による赤字の切り捨てを防ぐために保険(利益の繰り延べ)が有効となる。
    この場合でも、キャッシュフローに不安があるなら保険を見送る。

節税という言葉に思考停止せず、「自社の出口はどこにあるか」と「将来のキャッシュフロー」を見据えて、退職金の準備を進めましょう。

 

免責事項
本記事は2025年11月時点の税制に基づいて作成されています。税制は随時改正されるため、実際の適用にあたっては最新の情報を確認し、必ず税理士等の専門家にご相談ください。

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わかお税理士
税理士(税理士登録番号:140275)、国際認証MBA(経営学修士)、ファイナンシャル・プランナー

20年以上の実務経験の中で、上場企業から中小零細企業まで100数十名の社長の経営・税務・資産形成を継続的に支援。
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