売上が過去最高なのに倒産?インフレ時代に知らないと危険な「運転資金」の落とし穴

「売上は過去最高で、断る仕事もあるくらい忙しいのに……通帳の残高が減っていくんです。なぜでしょうか?」
2025年以降、こうした相談が増えています。
決算書を見れば、確かに黒字で売上も伸びている。しかし資金繰り表を見ると、来月の支払資金がショート寸前という状態なのです。
昔から「勘定合って銭足らず」という言葉がありますが、今起きている現象はそれよりも深刻といえます。
原因は明確です。
コストプッシュインフレ、つまり原材料費や人件費の高騰と、それに伴う運転資金の肥大化のメカニズムを理解しないまま、昭和・平成のデフレ感覚で経営を続けていることにあります。
「忙しければ儲かる」という常識は、残念ながらインフレ下では通用しません。
むしろ「忙しいからこそ倒産する」というリスクが潜んでいます。
今回は、この一見矛盾した状況の正体と、会社を守るための財務防衛策について詳しくお伝えしていきます。
なぜ売上が増えるとお金が減るのか?
まずは、このメカニズムを数字で理解することが大切です。
商売の基本サイクルは以下の流れで回っています。
最初に、仕入れと製造のステップがあります。
材料を購入し、外注費を支払い、従業員に給料を払ってモノを作る段階です。
次に、販売と納品のステップで、顧客に商品を届けます。
そして最後に入金のステップがあり、数ヶ月後にようやく代金が入ってきます。
この「先にお金が出ていき、後からお金が入ってくる」という期間をつなぐために必要な資金を、運転資金と呼びます。
インフレが引き起こす運転資金の膨張
具体的な数字で考えてみましょう。
これまで月商1,000万円、原価率70%(仕入700万円)の会社があったとします。
運転資金として常に700万円程度のキャッシュを用意しておけば、問題なく回っていました。
ところが、原材料費が1.5倍に高騰したらどうなるでしょうか。
売上を維持するためには、仕入に1,050万円(700万円×1.5)が必要になります。
売上価格への転嫁が遅れれば、入ってくるお金は変わりません。
しかし出ていくお金、つまり仕入代金だけが先に、しかも急激に増えていきます。
さらに、売上が好調で注文が倍増したらどうなるか想像してみてください。
仕入代金は2,100万円にまで膨らみます。
入金はずっと先なのに、巨額の支払いが来月末に迫ってくる。
これが、売上が増えれば増えるほど資金繰りが苦しくなる「成長痛」の正体であり、インフレがその痛みを何倍にも増幅させているのです。
このタイミングで銀行融資がつかなければ、会社は黒字のまま倒産してしまいます。いわゆる黒字倒産です。
自社の「要調達額」を計算してみてください
経営者の皆さんにお聞きしたいのですが、自社が今いくらの運転資金を必要としているか、即答できますか。
「なんとなく数百万円くらい」という認識では、正直なところ心許ないです。
以下の計算式で、ぜひ一度算出してみてください。
運転資金(要調達額)の計算式は次のとおりです。
(売掛金 + 受取手形 + 棚卸資産) - (買掛金 + 支払手形)
プラスの項目である資産は、まだ現金化されていない「眠っているお金」を表しています。
売掛金や在庫がこれに該当します。
一方、マイナスの項目である負債は、支払いを待ってもらっている「借りているお金」で、買掛金などが該当します。
この差額こそが、会社が自前で、あるいは銀行借入で用意しなければならない現金の額なのです。
インフレ局面では、仕入単価の上昇により棚卸資産、つまり在庫金額が膨らみます。
また売上が伸びれば売掛金も膨らんでいきます。
計算式でいうプラスの項目が激増するわけです。
これに対してマイナスの項目である買掛金が増えなければ、差額(必要資金)は雪だるま式に増えていきます。
このギャップを埋めるキャッシュを持っていなければ、会社の動きは止まってしまいます。
「借金は悪」という価値観を見直す時期かもしれません
ここで、多くの真面目な経営者ほど陥りやすい罠についてお話しします。
「借金は怖いから、なるべく手元資金で賄おう」と考えてしまうことです。
インフレ局面において借入を躊躇することは、むしろ危険な選択になりえます。
内部留保は想像以上に早く減っていく
先ほどの計算式で見た通り、インフレ下の運転資金需要は急速に拡大していきます。
数千万円程度の内部留保であっても、仕入価格の高騰と売上増加が重なれば、数ヶ月で底をつく可能性があります。
手元資金が枯渇してから銀行に駆け込んでも、「資金繰りが厳しい会社」つまりリスクが高い会社と見なされ、融資条件で不利な立場に置かれやすくなります。
「お金があるうちに借りておく」という姿勢が鉄則になります。
増えた運転資金需要に対応するための借入は、赤字補填のための悪い借金ではありません。
増加運転資金という「良い借金」です。
銀行側も、先ほどの計算式のような理屈をきちんと説明できれば、前向きに検討してくれることが多いです。
価格転嫁ができなければ、その事業を続ける意味を問い直す必要があります
資金繰りのテクニック以前に、最も根本的な問題を指摘させてください。
コストが上がった分、値上げ(価格転嫁)はできていますか。
「競合がいるから上げられない」
「お客様に申し訳ない」
「下請けの立場だから言い出せない」
その気持ちは痛いほど分かります。
しかし、税理士として正直に申し上げると、コスト増を価格に転嫁できないビジネスモデルは、すでに構造的な限界を迎えています。
人件費も物流費も年々増加しており、今後も増加していくことが想定されます。
そうした中で、自社の利益を削って価格を据え置くことは、美徳ではなく自らを追い詰める行為であり、従業員の生活を守る責任を持つ経営者としても避けるべき選択です。
値上げこそ最大の資金繰り対策
利益率が下がれば、手元に残るキャッシュは減っていきます。
逆に、適切な値上げができれば利益率が回復し、キャッシュフローは劇的に改善します。
2026年の今、取引先も「値上げは仕方ない」という空気感を持っています。
勇気を持って交渉に臨んでください。
もし、正当な理由のある値上げを拒否し、御社を買い叩くような取引先があるなら、取引停止(撤退)も視野に入れるべきでしょう。
採算の合わない仕事で忙しくして、運転資金を膨らませた結果として倒産する。
これほど本末転倒なことはありません。勇気ある撤退が、会社の資金を守ることもあるのです。
即効性のある3つの防衛策
マインドセットを変えた上で、明日からでも着手できる具体的なアクションプランを3つご紹介します。
防衛策1:回収サイトの短縮で入金を早める
売掛金の回収条件を見直してみてください。
「月末締め翌々月末払い(60日サイト)」を、「翌月末払い(30日サイト)」に短縮できないか交渉します。
30日早まるだけで、月商分のキャッシュが手元に浮いてきます。
これだけで数千万円の融資を受けたのと同じ効果が生まれることもあります。
防衛策2:在庫の適正化で現金を眠らせない
「材料がまた上がるかもしれないから」と、過剰に在庫を積み上げていませんか。
それは現金を倉庫に眠らせているのと同じ状態です。
さらに金利が上昇している今、在庫を持つための借入コスト(金利)も無視できない金額になってきています。
「必要な分だけ仕入れる」ということを、今こそ徹底すべき時期です。
防衛策3:支払サイトの延長交渉で出金を遅らせる
これは諸刃の剣ではありますが、仕入先に対して支払条件の延長(手形サイトの延長など)をお願いする方法もあります。
ただし、下請法に抵触しない範囲で、かつ自社の信用不安説が流れないよう慎重に進める必要があります。
目指すべきは「キャッシュリッチ」ではなく「キャッシュフロー・リッチ」
インフレ時代の資金繰りは「スピード」との戦いです。
コストが上がるスピード、現金が出ていくスピード。これらはすべて加速しています。
この流れに対抗するには、以下の3点を徹底するしかありません。
まず、素早く値上げして利益を確保すること。
次に、素早く回収して資金効率を向上させること。
そして、素早く借りて流動性を確保することです。
通帳の残高を見て安心する時代は終わりました。
大切なのは、お金の流れ(キャッシュフロー)を止めないことです。
「売上は増えているのに倒産」という悲劇を起こさないために、今すぐ自社の運転資金を計算してみてください。
そしてメインバンクに「増加運転資金」の融資枠、できれば当座貸越枠を打診することをお勧めします。
それが、このインフレ・高金利時代を生き抜くための強力なお守りとなります。


