税務調査後に本当に怖いのは銀行かもしれない。約定書第5条の仕組みと実務を解説

今回は、多くの経営者の方が見落としがちな大切なお話をさせてください。
税務調査について、こんなふうにお考えになったことはありませんか。
「万が一、調査で何か指摘されても、追徴課税を払えばそれで済む話だろう」
「お金さえ払えば、翌日からまた普通に商売を続けられるはずだ」
実は、この認識には注意すべき落とし穴があります。
たしかに、税務署は追徴税額を納付すれば、それ以上踏み込んでくることはありません。
しかし、あなたの会社の資金繰りを支えている銀行は、状況によっては異なる判断をすることがあります。
今回は、融資を受けるときに署名捺印した銀行取引約定書の第5条について、税務と金融の視点からご説明します。
法的な仕組みと実務上の運用の両面を理解しておくことで、万が一の事態に備えることができます。
金庫の奥で眠っている契約書の中身を覚えていますか
銀行から融資を受けるとき、必ず交わすのが銀行取引約定書という契約書です。
この契約書の内容を、きちんと読んで理解している経営者の方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか。
この約定書は、銀行が自らの債権を確実に回収するために練り上げた、強力な法的効力を持つ書類です。
普段は意識することはありませんが、問題が起きたときに重要な意味を持ってきます。
まず知っておきたい期限の利益という考え方
約定書第5条の重要性を理解するためには、期限の利益という言葉の意味を押さえておく必要があります。
たとえば、銀行から1億円を借りて、返済期間を5年に設定したとしましょう。
この場合、なぜ明日すぐに1億円を返さなくてよいのか、考えたことはありますか。
それは、契約によって「毎月決まった日に、決まった額を返済すれば問題ありません。5年かけて返してくださいね」という権利を与えられているからです。
この、約束の期日が来るまでは借金を全額返さなくてよいという権利のことを、法律用語で期限の利益と呼びます。
この権利があるからこそ、企業は手元の資金をすべて返済に回す必要がなく、仕入れや給与の支払いにお金を使うことができます。
資金繰りがスムーズに回るのは、この期限の利益があるおかげです。
第5条に書かれている期限の利益の喪失とは
銀行取引約定書の第5条には、期限の利益の喪失という見出しがついています。
これは何を意味しているかというと、特定の条件に該当した場合、銀行は分割払いを認めず、残っている借入金の全額一括返済を求めることができるという内容です。
少し想像してみてください。
もし明日、取引銀行から「残債の5,000万円を全額ご返済ください」と連絡が来たら、どうなるでしょうか。
ほとんどの中小企業にとって、これは事業継続が困難になりかねない事態を意味します。
二種類ある喪失事由を理解する
第5条には、二種類の喪失事由が定められています。
この区別を理解しておくことが重要です。
ひとつは当然喪失事由と呼ばれるもので、事由が発生した時点で法的に期限の利益が失われるケースです。
もうひとつは請求喪失事由で、銀行が請求することによって初めて期限の利益を喪失させることができるケースになります。
当然喪失事由の代表例として多くの約定書に明記されているのが、租税公課の滞納処分を受けたときという条件です。これは具体的に、税務署による差押えを指しています。
ただし、約定書の内容は銀行によって異なる場合があり、差押えを請求喪失事由として規定している契約も存在します。ご自身の約定書を確認しておくことをお勧めします。
税務トラブルから差押えに至る流れ
ここで整理しておきたいのは、税務トラブルと差押えは同じものではないという点です。
税務調査で問題が指摘され、追徴課税が発生したとしても、それだけで銀行取引約定書第5条が発動するわけではありません。
第5条の当然喪失事由として規定されているのは、あくまで差押えという行政処分を受けた場合です。
ただし、追徴課税の金額が大きく、手元資金で支払うことができずに滞納してしまうと、税務署は差押えを実行することになります。
この時点で、約定書の条件に該当する可能性が出てきます。
つまり、税務トラブル発覚から追徴課税、そして支払不能から差押えという流れの中で、最終的に第5条が問題になってくるわけです。
第7条の相殺条項について
「全額返せと言われても、手元にお金がなければ返しようがない。銀行も待つしかないだろう」
そうお考えになるかもしれません。
しかし、銀行取引約定書にはもうひとつ知っておくべき条項があります。
それが第7条の相殺条項です。
銀行は、期限の利益を喪失した貸付金と、あなたの会社がその銀行に預けている預金を相殺する権利を持っています。普通預金も定期預金も対象となりえます。
法的には、この処理によって口座残高が大きく減少し、給与振込や取引先への支払いに支障が生じる可能性があります。
実務では銀行の裁量が働くことも多い
ここまで法的なメカニズムを説明してきましたが、実務上は必ずしもこの通りに進むとは限りません。
銀行が実際に第5条を発動するかどうかは、銀行と企業の関係性や状況によって大きく異なります。
たとえば、ある地方銀行では、取引先企業の粉飾決算が発覚した際にも、支店長が本部を説得して融資支援を継続したケースがあります。
その支店長は、やってしまったことは仕方がない、重要なのは二度と同じ過ちを繰り返させないことだ、と判断したそうです。
メインバンクとして長年の関係がある場合や、企業側が誠実に対応し再発防止策を示した場合には、銀行が法的権利を行使せずに支援を続けるという選択をすることもあります。
つまり、法的にはこうなりうるということと、実際にそうなるということは別の話です。
日頃から銀行との信頼関係を築いておくことの重要性が、ここにあります。
請求喪失事由にも注意が必要
差押えを受けなくても、第5条第2項の請求喪失事由に該当する可能性があります。
ここには、虚偽資料の提出や信用悪化といった要件が含まれています。
たとえば、税務調査で売上の除外が発覚した場合、これは銀行から見れば、提出されていた決算書の売上高が実態と異なっていたということを意味します。
銀行がこれを問題視すれば、第5条第2項に基づいて一括返済を請求できる立場にあります。
また、追徴課税を支払うことで会社が大幅な赤字や債務超過に陥った場合も、信用不安を理由に請求の根拠となりえます。
ただし、これも請求喪失事由ですので、銀行が請求しなければ期限の利益は喪失しません。
ここでも銀行の裁量が働く余地があります。
信用保証協会を利用している場合
多くの中小企業は、信用保証協会の保証付き融資を利用しています。
銀行が企業の返済能力に問題があると判断して期限の利益を喪失させた場合、銀行は信用保証協会に対して事故報告を行うことがあります。
これを受けて、保証協会が銀行に借入金を肩代わりして返済する代位弁済が行われます。
代位弁済が実行されると、債権者が銀行から信用保証協会に移ります。
代位弁済の事実は信用情報機関に登録されるため、その後の資金調達に大きな影響が出ることになります。
納税は銀行取引を続けるための土台と考える
ここまで、銀行取引約定書の第5条を中心に、税務トラブルが金融面に与えうる影響についてお伝えしてきました。
多くの経営者の方は、税金を利益から差し引かれるコストと捉えています。
だからこそ、少しでも減らしたいという気持ちが生まれることもあるでしょう。
しかし、少し視点を変えてみてください。
適正に税金を納め、実態を反映した決算書を作成していることは、銀行との信頼関係を維持するための土台です。
この土台があるからこそ、銀行は期限の利益という特権を与えて資金を貸し出してくれますし、万が一の事態でも柔軟な対応を期待できます。
法的なリスクを知っておくことは大切ですが、それ以上に重要なのは、日頃から銀行と誠実な関係を築いておくことかもしれません。


